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社会学ってなんだろう
こちらの記事ではラジオに関連する周辺事項(おすすめの本、Q&A)も併せて紹介しています。もしよろしければ、ご一緒にどうぞ!
↓文字起こしです!
Loohcsアカデミーに始まりましたLoohcsアカデミーの時間ですLoohcsアカデミーはですね、あのLoohcs志塾やルークス高等学院で日頃行っている授業を積極的に公開していこうという趣旨の番組となっております。
今回からですね、多分、多分ですけど、あの全18回にわたって社会学を社会学授業をというか社会学に関するお話をですねあの生徒と一緒に学生長文ですけれども学生と一緒にやっていこうという、そういうような企画となっております。
今回から社会学の講義を担当します、教員の谷口2と学生の和宏ですよろしくお願いしますよろしくお願いします。
中学・高校の「現代社会」と大学の「社会学」の壁
Lアカを始めた理由
ということでですね今回、社会学が、ルークスアカデミーの最初になるんですけども、Lアカではね、国数理社そういう一般的に、高校で学ぶ教科もについての話もしていきたいなと思うんですけども、ちょっと大学で学ぶような、あの学問に関してもちょっと背伸びして、やってみようというような、やってみようと思ってるんですね。
というのもですねやっぱり、高校で学ぶことと、はい、大学で学ぶことちょっとギャップがあるように感じてるんですね。
僕も自信を大学に行ってみても全然高校で習ってきたことって、知識としても繋がりはあるんですけども、やっぱり何かこういう学問あったのかとかうんっていうのでですね、あったのかとか、いろんな驚きがあってですね、はい。
高大接続日本はあんまりうまくいってないんじゃないかみたいなでね社会学って別に習わないし、
やるとした現代社会とかですよね、
現社ってやつちゃったやつですね。
でも現社でやることと社会学でやることかぶったり被らなかったりとか、社会学なんか僕大学でやってみて面白いなってすごい面白いなと思ってなんか高校のときにこういう学問をあるって知ってたら、もっと何かいろんな学部選びのときに参考になったんじゃないかなとか思ったりしたので、ルークス高等学院では大学でやるような学問も触れて、ちょっと大学選びのときにね、自分がどういうことを学んでいきたいのかとか、そういうことを知ってもらうために、ちょっとこういういろんな領域の学問を用意しているというようになってるんですが。
はい。
今回はその中でも社会学について学んでいこうということでですね、僕は大学で専門的に社会学を勉強していたのですねまず、社会学の講義から始めようということで、やってるんですけれども。よくね、勘違いされやすいんですけど、これ社会科学と社会学って似てるんですけど違うんですよ。
うん。
社会科学ってSocialScienceで、社会学ってソシオロジーなので、ちょっと違う。
なるほど。
社会ってなんだろう?
社会科学の中に社会学は含まれるんですけども、あの社会科学、には社会学とか政治学とか経済学とかですね、そういう社会の問題について扱う学問が分類されてますねそして、ソシオロジーはその中でも経済学でも、政治学でも扱わないような、社会的な問題をですね、メインで扱うというのが、社会学の特徴だということができますが、ちょっとだんだん本題に入ってきたのですね。そもそもなんかは、我々社会って日々何気なく使う単語だですけれども、この社会って一体何なんだっていう話。からまず始めていきたいんですよ。
はい。
で社会ってなんだとおもいます?
社会ですか。やっぱりその人が集まると社会ってできるから、何か人の集団のことを社会って言うんじゃない。
人の集団のことを社会というふうにいっしくん言ってくれましたけれども、人の集団って何かいくつかいろんなパターンがあると思うんですけど、例えばどういうものがありますか、何か学校なんで、学校とか家族とかもそう。
家族とかもそうですね。
あと会社とか。
そうっすね。
あんま、あとは思い浮かばない会社とか社会、家族とか学校とか
他にもね地域コミュニティとかそういうのもあるだろうし日本じゃあんまりないかもしんないすけど教会とかね、そういう観点から言うといろいろあると思うんですけど、あと何か思い浮かぶものあります。
映画館とか?
映画館映画館どういう集団なんですかね
なんか、同じ作品を見に来てる…
そこはねちょっとねいろいろ内容に入ってくるんですけども映画館行った置いときましょうか置いといて後、後で触れるかわかんないですけれども、映画館今触れちゃうと映画館、実際どうなんだろうということでですね、例えば映画館のように同じものを見てるっていう集団の形式他にも例えばバス停に並んでいるのもうこうね、バスを待つ映画を見るという同じ目的を共有して並んでるわけですけど、これ社会、ある種のコミュニティあるいは社会って言えるのかどうかっていうと、どうなんだろうみたいな。
うん。
というのも同じものを見てはいるけれどもそこに何かインタラクションがあるかっていう話なんですよね。つまりバス停で待っていて、みんなスマホを見ているじゃないすか。
うん。
こういう何かただただ並んでいるだけっていうものと、学校って、みんなできて、何かみんなで何か喋ったりして、みんなで何かこう文化を作っていくっていう相互作用がかなりあるので、それでちょっとその性質が違うんじゃないかみたいな議論がありますね。
群みたいな話
どっちかっていうと群れに近いんじゃないかみたいなものと、ちゃんと社会として機能してるっていう成立してるっていう二つのあり方があるんじゃないかという議論もあったりしますけど
こういう感じで社会って何だかよくわかんないわけですよ。
なので、そういうよくわかんない社会っていうものを扱うのが社会学って学問なんで結構幅広いというか、オールラウンダーなんですよ。
はい。
なんか家族社会学もあるし、あるいは労働社会学っていうのもあるし、宗教社会学ってのもあるし、だからさっきも言ったような何か集団ごとに何か性質とか特徴とかを扱うっていう、いろんな社会学の分野があるわけですよ。
はい。
うん。
そうは言っても社会学の何か特徴って何なんだろうみたいなことを考えていかなきゃいけないんですけどこれかなり難しくって、はい。
経済学とかだったらね、例えばミクロ経済マクロ経済があってというか最近はそのはあえて区別しないっていうこともあるんだけれども、社会学って言った場合、そのなんかもう対象が広すぎて、なんか社会学とはこれですみたいなことを言いづらい
うん。
あえて言うなら社会を対象にする学問だって言ってるけども、社会って何なのって言ったら、うーんみたいな、人の集まりなんだろうけれどもみたいで人の集まりでもいろんな形式があってみたいな
そういうことがあるわけですね。
うん。
そういうことを考えると一体社会って改めてなんなんですかね。
学生:社会って改めて改めて社会って何だろう。何らかの目的があるんじゃないかなって、さっきの話聞いて、群れは、、そういう意味だと、バスを待つって目的があるから、あれか。
例えば、そんなことを言うとね、会社とか家族とか全部ひっくるめて社会っていう場合もあるわけじゃないですか。
何なんだろう。あるいはね、社会人とかね、だって会社人じゃないですか大体は勤めてる人は。企業人と言ってもいいわけですけど、それがなんだか社会人と呼ばれるとかてことはですね学校と社会の間に何か分断があるんじゃないかみたいな。
なるほど。
学生とかね生徒は高校生とか社会人じゃない大学生も社会人じゃない。
うん。
でもそんなこと言っても社会みんなもう生まれたときから社会人って言ってもいいかもしんない。
確かに、うん。
社会学はいつからあるの!? 〜社会学の成立過程〜
ていうことで日頃使ってる社会って概念はかなり曖昧なんですよ。この曖昧なあの社会っていうものについて徹底的に考えてみませんかっていうようなですね、ところから始まった学問だというふうに言っていいでしょう。てことですね社会学っていつできた。いつ頃成立した学問だと思いますか?社会っていうのは何か一見こうね、その人類が生まれてこの方ずっとあったような気がするんですけど、社会学っていうものが形を帯びてきたのっていつ頃だと思いますか。
学生:意外と最近な気がします。
おおー鋭いですね。
学生:というのもなんか、やっぱ経済とか、そういうのはやっぱ人間発展のために、重要だとなんか早めに発展したと思うんですが、学問的にだけどそして社会学っていうのは、何か気づくの遅そうだなっていう
社会学って出来たのが大体19世紀ぐらいなんですよ。なんで19世紀かって言ったら、これ、ある種社会の形が大きくなったり複雑になったからなんですよ。何でかっていったら、この産業革命が起こりました。あるいはフランス革命とかが起こりましたっていういろんな革命あるいあは、科学革命が起こったりっていうですねいろんな革命が起こったんですよ。
はい。
革命が起こって社会も、あの経済も政治もあり方が変わってしまったというね、政治革命では民主主義ってものができてきたし、うん、産業革命以降は資本主義っていうものができてきたし、ある種、市民というものが強くなったわけですね。今まで王様とか貴族とか、あるいは聖職者だとかそういうものが政治を握っていたりあるいは経済を司っていたり、したものからですね、その市民っていうような人たちが出てきたわけですよ。でそれがまさに自分で政治革命で、えーその王様たちを、こうね、あの政治の表舞台から追放していき、まあ追放しない国もありますけど、うん。産業革命は市民に経済力をもたらしたわけですよね。
うん。
こうして国のあり方が大きく変わった。そのときに国のあり方が大きく変わるだけじゃなくてそのときからその時以前からですけどもグローバル化もしていったわけですよね。
なるほど。
そして何よりも大事なのが国民国家というものが出来上がっていくわけですね。それまでの国って、例えば神聖ローマ帝国って、ドイツもあるしオーストリアもあるしみたいなんでスペインの神聖ローマ帝国に組していったときもあるし、みたいな国の領域が今と全然違うんですよなるほど、つまり多民族国家が基本で、でも国民国家っていうのは例えばドイツ人だったらドイツ人の国を作るとか、フランス人はフランス人の国を作るとか、オーストリア人をオーストリア人の国を作るとかでこの民族っていう概念もこれまた発明品なんですけれども。だって民族ってどうやって僕らからしたら、わかんないじゃないですか欧米の人ってちょっと区別つかないし、
確かに。
でもなんか欧米の人からしたら日本人も中国人も韓国人もたいして区別つかないんですけど何だか日本民族とかドイツ民族とかゲルマン民族とかフランス人のフランク民族だとか、で民族っていうものを作り上げていくわけですね。
はい。
この作り上げられた民族を土台にした。国家を国民国家っていうんですけども、ね、あのフランスなんかいち早く王政を打倒して、フランス人の国家というものを作っていった。で民主主義というもの、次第に確立していき、経済成長に関しては、資本主義を発展させることによって、経済成長していった。そういうような形になるわけですよ。
つまりだから日本でもある種近代社会というものが出来上がったのは明治維新以降というふうに言えるわけですね。つまり沖縄の人も、北海道の人も東京の人もみんな同じ日本人なんだっていうふうに発明していったわけですよ。
うん。
これを私達は一般に社会っていうふうに言うようになったわけですね。
つまり、社会の規模が大きくなったわけですよだから、知らない人も例えば東京の人、沖縄の人も知らないけども同じ日本人だという意識が芽生えたりとか。
ということで社会という範囲がどんどんどんどん拡大していくんですよ。
ていうのが一つありますよね。
うん。
その経済発展もいやが応にもグローバル化をもたらすので、例えば鉄道が敷設されて、物資がやりとりされます、あるいはその蒸気機関で蒸気機関船でいろんなところから物資が調達されます。
うん。
ただいろんな国と関わりを持たなきゃいけなくなるわけで、貿易貿易でね、でも貿易したらしたで、今度はあのアメリカの船とか、イギリスの船とかそういうものはさらに民族意識というか国民意識をね、醸成していくわけじゃないですかだから例えばね日本でも日本国旗を船にでもあれもだから日本の船ですよって言うわけですけど。
なるほど。
うん。
日の丸いつから作ら使われてたのって言ったら、なんかあの坂本龍馬のみたいな話があったりするけれども、そういうようなシンボルをいっぱい作って日本ってこういう国だみたいなものを提示していくっていうそういう社会にやっぱ19世紀ぐらいからどんどんどんどんいろんな国がなっていくわけですよ。
そういう、この急速な産業発展と政治発展の政治の革命に伴ってしょぼんいろんな問題も出てきたりしたわけですよねうんです。そこで何かこの社会って一体どうなってるんだろうというふうに考えるのが社会学なるほどの誕生のきっかけだったというふうに言うことができるわけです。
何かここまで何か聞きたいこととかを議論したいこととかありますかね。
学生:つまり、経済の発展とともに社会も共に発展していったっていう認識で大丈夫ですかね。
厳密にはそうとも言い切れないとこもあるんですけどそういうふうに捉えてもいいんじゃないかなと個人的に思ったりしますねやっぱり経済が発展したりするとどんどん増えていくわけです関わりが。
鉄道とかそのさっき言った何でしたっけ船とかそういうもので貿易していろんな国と関わりを持ったりするわけで、そうなってくると、例えばね、商慣習が違ったりするわけじゃないですか。
例えば、イギリスとアメリカでは商慣習が違ったり、日本とアメリカでも商慣習が違ったりしたときに、これどういうふうにお互いやりとりするのみたいな。そうなったときに法律がないと駄目だよね。
なるほど。
日本なんてね不平等条約結ばれて、その後近代的な法を整備してって、「日本はちゃんと取引できる国ですよ、だって国内法もちゃんと整備したでしょ。貿易上のやりとりもちゃんとできますよ」とかねそういう近代的な法律を作ってったりするわけですよ。
そういうようにして全く何だろう別の仕組みがいろんなところでできていったわけですよ。
うん。
つまり大きく人間の生活が変わったわけですよね。
なるほど民主主義になって、民主主義といっても一部の人にしか、元々投票権なかったんですけど、ただ、貴族や聖職者じゃなくても政治に関わるようになったし。
貴族や聖職者じゃなくてもね、大金持ちになることができたし
うん。
そういうようにしてどんどんどんどん違う主体が表舞台に出てきたわけです。
それを市民って言ったりするわけですけどね、まだ市民教育って言ったときの市民ってやっぱり近代社会人になうに値する主体なんだと。
なるほど。
そう言ってやっぱり変わっていくわけですよ。
それに伴って何か、何か変わってったよねっていうので例えば初期の人たちなんかやっぱり革命を経験する以前と以後でやっぱり全然違うだろうし、産業が発達する以前と以後では全然この国のあり方が全然違うというふうに思ったりするわけですよ。
はい。
まあねだから例えばiPhone以降と以前では社会のあり方違うかもしれないみたいなそういうイノベーションみたいなものがいたるところで起こって、もう全然違う何か仕組みで出来上がったっていうのが、何かが生まれつつあるというふうに感じ取ったんですやっぱセンスがいい人たち、これは全く今までとは別の何かだなと。
なるほど。
これを一旦社会と呼んで、元々社会ソーシャルってあの貴族の社交っていう意味だったんですけど、つまりあの、クラブみたいなもんですよ今だとパーティーとクラブとか、うん。
あそこで継続が社交するっていうのがソーシャルっていうその社交の場だったんだけどその社交の場が、その宮廷とか貴族の豪邸から、もう広場、街へ出たと。
社交の範囲が街へ出たっていう、つまりそうなると、今度は都市っていうものが問題になるわけですよねうん街がそのまさに都市でいろんな社交がされるわけですよ、やりとりが、うん、いやものを買って売るとか、うん。
ね、ちょっと悪巧みしてみるとか、政治的な議論をするとか、カフェとかですね、うん。
あのカフェって元々は、あのカフェとかサロンとかって、何かその市民が集まって、何かこう、議論する場だったっていうふうに言われてますし例えばね、小説を読んで、ちょっと考えることあって、後カフェに行ってみんなで小説の話するわけさ。
だから最近村上春樹読んだとか、村上春樹読んだとかね喋ってる間に何かこの国のあり方おかしくねみたいな話をして政治をするみたいな、そういう場にもなってたり、もうまさに社交の範囲がどんどんどんどんどんどん外に広がっていって、その宮廷じゃない。
うん。
もういたるところで経済活動を行う者、その政治的な活動が行われたりとかそういうことが起こったんで、何か違うと。こういう一般的な多くの人が力を持った時代って、これからどうなっていくんだろうとか、うん。何かそういうこと気になったんですよね。
なるほど。
この民主主義とか資本主義って我々のね日本社会も民主主義と資本主義っていうものを採用してると一般に言われますけれどもそれが、の萌芽っていうかね、芽が出たときがまさに18世紀とか、そういう時代だったわけですそういうときに18世紀19世紀に初期の社会学者たちが一体この社会、あるいはこの変化って一体何なんだろうなっていうふうに考えた。わけですね。
うん。
具体的な話をするとなんで資本主義ってこんなに発達したんだろうかとか。
この新しいこの社会のあり方ってどういうものなんだろうかつまり分業体制っていうものができるようになってくるんですけど分業が進んだこの社会ってどういうことなんだろうとかじゃ都市ってなんなのとか、うん。
社会を舞台にした実験と観察
そういうものがやっぱりその当初の社会学で問題になるわけですね。まさにだからその異なる社交のあり方を研究するというような学問でとして産声を上げたっていうので、ちょっとでじゃあ社会学ってソシオロジーですけど、はい、うん、最初はですねこれソーシャルPhysicsっていうかですね社会物理学として構想されたりしてて
面白いのが、やっぱりその化学、特に自然科学ですね物理学と科学ケミストリーとか、バイオロジー、つまり生物学とかもちょっと社会科学より早めに発展するんですよ。
でですねその精神が実験と観察なんです。
だから例えばね、物理学なんていうものはあの実験をして観察してある、その実験したデータを基に何か理論を作ったりするわけじゃないですか。っていうそれがまさに科学だっていうふうに言われるようになったわけなんですよ。
その科学といえば実験と観察をするんだ。これちょっとわかりづらいと思うんですけど、それまでじゃ何だったのって言ったらこれ哲学とかなるんですよね。
哲学って、実験とか観察っていうよりはやっぱり頭で考えて、論理的にはに正しいことをこう突き詰めていくっていうそういう学問だったわけですけど、そうじゃなくてね、なんでそんなてるかわかんないけどとりあえずね、物を離したら落ちる。
うん。
てことは何らかの力が働いてるんじゃないかみたい。それでニュートンは万有引力の法則を云々かんぬんですけど物理学みたいなものが発達して、実際に実験してみて
例えば火なんていうものはね、元々その日って何なのみたいなのが結構問題になってて、はい。
何で燃えるのみたいどっからそんなもんねんね、熱素みたいな、その熱を持ってる元素が損このように存在しててみた話をしてるんだけれども、いや違うと、火を燃やすのはこれ酸素だということがわかったわけですね。
それも、その実験したわけですよ、あの何かを燃やしたときに、そのあるその密閉された容器の中のあの空気の空気が薄まったわけ。ってことはこの空気に何か問題があるんだ。
うん。
真空上で火をつけたらこれ燃えないってことがわかったから、うん。
てことは木を燃やすには空気が必要なんだ。
うん。
でも空気っていうのもいろいろ調べてみたら窒素等みたいな、二酸化炭素と酸素みたいなものが含まれてて、うん。
うちこの中で窒素を取り出すと、火は消えるしみたいな。
今度は酸素を火に投入するとぼっと燃え上がるから。
酸素というものが、火が強くなるためには酸素ていうか何かが燃えるためには酸素が不可欠なんだということが、実験を通してわかったわけですよ。
はい。
で、まさにこういう実験とか観察をするというのが科学なんですよ。
うん。
ていうような元になったので、それが科学のお手本みたいなったわけですね。
ので、社会学も科学を手本にしたわけですよ。
うん。
何か今までの、ある種今まで、何かそういう社会について考えようと思うとある種哲学的に考え頭の頭と、その論理で考えるっていうものから、そうじゃなくて、まずは何かこう、観察してみると、そんときに使えるのが例えば統計とかなんですよ。
統計学が発達してたりするんで統計データを観察すると、
ね、例えばある地域は自殺率が高いとかが、わかっちゃううん。
ていう何かある種、何か社会を観察する手法例えば統計とかそういうものを用いて、社会を観察すると、一定のパターンが見えてくる一定の法則が見えてくるっていうだから社会の万有引力みたいなものあるんじゃないのみたいなふうに考えたんで、ソーシャルPhysicsというか社会物理学っていうつまり物理学ニュートンがニュートンが、リンゴが木から落ちるというものを見たら万有力発見したとそういうね、これ嘘ばなしっていう話ですけどそういうような、まさに観察をしてから理論を組み立てるあるいは観察してから、自然の一般法則を見つける。
と同様に社会の動きを観察することによって社会の一般法則を明らかにするっていうのが、社会学という学問の役割なんだみたいなことを言い出したわけです。
なるほど。
ていうので、19世紀ぐらいまさにその他の自然科学が発展したから、社会学も発展したというか、うん。
その自然科学の方法を採用して社会を見つめ直してみようかなというふうに考えたわけですね。
うん。
学生:じゃあ今まではそのつかみにくかったぼんやりとした社会みたいなものを理系的なその手法を用いて、何か数字に起こしてみて、パターンを見つけてみようとかそういう社会の法則、
自然科学が自然の法則を発見したいのであれば、社会科科学あるいは社会学は社会いいの。
法則を見つけようと試みたわけですね。
でもこれは問題になってやっぱ自然と社会全然違うんじゃないのまさに自然というものは人間がかんでもそれもおかしいんじゃないのみたい最近は言われてますけどうん。
社会学っていうのはやっぱ人間を対象にするので
通常は自然というものは人間と人間が何か自然に行為を加えたら、ある種受身っちゃ受身なわけですよ。ただ人間って何か人間が介入すると、例えば怒ったりとか
自然怒らないですよね。いや怒るかもしれないけど根間さんも何か森林伐採したその後土砂崩れが起きたとかそういうことがあるので、社会学と自然科学ってちょっと違うんじゃないのみたいな議論もありつつもただ社会学は自然科学の、その科学的な手法を参考にして、学問を組み立てた。
はあ、なるほど。
っていうのが、社会学が一体いつ誕生したのかっていう、そういうお話なんですよ。
だからある種、何だろ、社会に住む人が社会って何なんだろうっていうふうに自己反省する、観察して自己反省して、ある種の法則を見つけるっていうのが社会学の初期のテーマだったわけですね。
当たり前に思われていることを括弧に入れることが社会学の面白さ
今回今後は何か具体的にどういう話があるんですかみたいな話をしていきたいんですけれどもはい第1回目なのでこういう社会って何なのっていうのと社会学って何なのっていう話を今してきたという。現状ですね。じゃあ何だろう社会学学ぶとなり、社会学何が面白いのとか、社会学学ぶとどういうことなんだろうがわかるようになるのみたいなことを今度喋っていきたいんですけどはい、うん、今まで聞いてきて何か社会学学ぶとどういうことわかるとかどういうことが何かできるなとかそういうの、何かありますか。
学生:何か、少しいろいろ社会を生きる中で、やっぱり揉め事とかあるので、そこを観察することで、その情報が綺麗に整理できそうですよなるほどね。
我々人間生きてたらいろいろ揉め事があるけれども、分析できそうなことをちょっとメタで分析してみるみたいなことができそうだみたいなことがあったりしますよね。
まだちょっと、なんだろう。メタに考えられるのが、うん。社会学学ぶとちょっとメタに考えられるようになるみたいな、うん。そこはありますよね。つまりちょっと何か何だろう社会を観察するってことちょっと外に出ることなんで、うん。ちょっと常識と呼ばれてるものをちょっと括弧に入れて疑ってみる。まさに社会って何なのみたい話もそうですけど
まあ、「社会人」とかね。
うん。
普通に暮らしてて生きてたらねあの間の鋭いっていうかちょっとひねくれてる人は社会人って何なんだよみたいなもんかもしんないけど、普通に生きてれば社会人なんていう言葉には疑問を持っても持たずにね普通に学校卒業して大学卒業して高校卒業して社会人になってみてあんたももう一人前の社会人なんだから、自分で自分のことしかやりなさいとかね、それはいつの間にか受け、そうそういつの間にか受け入れてるけど社会人って何なんですかって言われたら、いや社会に出てる人だよっていうのがそれは社会に出てる人を社会人と呼ぶのはトートロジーだから社会って何なのって言われたらよく答えられない。
うん。
じゃあ学校社会じゃないのって言われたら、いや学校も社会だよなみたいな。
とかね、そういうなんか当たり前と思われてることを括弧に入れるっていうのが、社会学の学ぶと面白い点かなっていうのは実際にあって、これね、社会学的な想像力とか言ったりしますけれども、つまりいろんなことを想像できるようになったりするわけですよ。
自明性の罠からの脱却
だとなんか僕が好きなねあの社会学者は、あの自明性の罠からの脱却、脱却っていうふうに、つまりね自明性って当たり前ってことですけど、はい
。
私達普通に暮らしててやっぱりいろんなとこではね、罠にはまっちゃうわけです社会人もそうだけど、どうもあとは何か例えばね、学校は毎日行かなきゃ毎日行かなきゃいけないとか何かそういうのとか、あと何だろうねあとなんか、なんかこう、罠はまってんなみたいな、そんな罠と気付かないから罠なんだけれども、みたいな。
例えば男と女とかもね、最近だったらあるいは人種とかね、人種なんてもう発明品だし男と女とも発明品だなっていうふうに考えていったりするわけですよ。
あと何かありますか。
学生:何か、タトゥーとか
タトゥーとかね、例えばねタトゥー良くないまあタトゥーがある人はお風呂入れないとかね、うん、うんまあねそういう何かそれはなんか刺青イコールヤクザみたいな自明性があるわけですけど、最近そうでもなくなってきてるので、そこまで一面に禁止する必要あるのかみたいなことは何かこう言ったりすることが、できるわけですねというのでやっぱり何か当たり前と思っているものがこう張り巡らされていて、そういうもんからちょっとメタに観察してみようみたいな。
うん。
ね、そういうのって一定のパターンがあるかもしれないから、うん。
一杯のドリンクからも社会学はできる
そういう何かある種、ある範囲で妥当する一般的なこと、法則みたいな法則と言ったら言い過ぎかもしれないけどパターンみたいなものを考えていきましょうみたいなことは、一つ社会学の面白い点としてあるかも知れないですねあとはやっぱり想像力が豊かになるというか、
その実際に私達暮らしてる社会って、社会って無批判に使いましたけど。すげえ複雑でみたいな。
ので、複雑でもう例えばね今目の前にあるこの飲み物がどこから来たかわかんないわけです
確かにまあね書いてないし。
そうそうそうそうそう。
販売者サントリーフーズって書いてるだけで、え!?製造者はみたいな。
わかんないものが当たり前に届いてるわけじゃないですか。
なんかこう見ると、なんか果糖ブドウ糖液糖とか、何か炭酸とか酸味料とか香料とかカフェインとか保存料安息香酸ナトリウムとかねカロチン色素とかねもうよくわかんないのかななんてこれなんてねこれ何何何が今、今流行ってるね、何とか何とかってやつ、このね組成表からこの飲み物を当てられた人相当これにはまってるっていうことで、サントリーフーズであり果糖ブドウ糖液糖があり、これ見てももう全然何もわかんないけどもこれなんで、これどっか入ってるかもしんないじゃん。
うん、確かに。
でも何でこれじゃあ信頼して飲んでんのって言ったら、みたいな。
そういうことを考えるわけですよ。
うん。
だからいっぱいのこのドリンクからもね、生産者とか材料とか、あるいはその材料を、例えばこれなんかいろんな化学物質入ってるのは、これがあんまり腐んないようにしたりするために、うん。
安定剤とか入れてるわけだけどそれって化学の知識も必要らしいみたいにうん。
製造業でこれを見出してるときには工場が必要だしとか、工場で働いてる人には当然何か労働基準法みたいなのを適用されてたりあるいはもしかしてこれで日本で作ってない説の方が高いから、全然違う国の全然違う労働
法とかねあるいは商慣習作られてるかもしんないし。
販売するときにこれこういうのなんかあの船で運んだのとか、うん。
うん。
販売するときに何かどこどこの倉庫にあってみたその時に関税かかるはずだから関税すると何か、あの、財務省関税局とかみたいなものかかって苦しいみたいなんで今度は仕入れたら、なんかどっかの倉庫に入れといて、うん。
それが何かデータとして打ち込まれて、うん。
データとして打ち込まれてこのサントリーフーズの人が何かパソコン上でカチャカチャカチャってみるみたいな。
そっから出荷されて、各地の何かの自動販売機にもたらされて、うん、自動販売機はね、あの設置するとね、いろんなそこで設置しその土地を持ってる人がお金入ってきたりとか、うん。
うん。
自動販売機は電気がないと動かないから電線がないと駄目でとかねここいろんなものが複雑に絡まりあってこうね目の前にあるこのドリンクが我々の元に届き、それを我々のみ、我々の風を体では何らかの変化が起きてるのか起きてないんだカフェインでパキッてすんのかわかんないけどみたいな。
そういういろんなものが組合わさって、なんか生きてるわけじゃないですかはいの社会って、はい。
このラジオだってそうだし、はい、はい、うん。
そういうものを何か1個1個考えられるようになっていく。
うん。
いっぱいのドリンクからも社会学はできるんだみたいな。
うん。
そういうような面白みがあるんじゃないかなと思うわけですけど、うんっていうのが社会学を学ぶと当たり前を疑い、当たり前を疑ったからこそ、いろんなことが想像できるようになるっていうのが、
あるんじゃないかなあというふうに思うわけですよ。
うん、うん、はい。
この考えどうですかね、なんかすごい素敵です素敵で何か例えばさっきみたいに、よく考えたら、顔を知らない人のことをめちゃくちゃ信用しながら暮らしてそうそういうことで顔見たこともないからねもしかしたらね人間が作ってない可能性もあるからね、なんなら機械が機械がやってる可能性そうそう。
何か、そうなると何かもうやっぱ自由になれるしそうもうこういうもんなんだその1個わかると、うん。
すごい面白いですよね、やっぱり。
ていう感じですねなるほどねなんかちょっとやっぱりね考えてみると面白いですよね。
うん。
だからちょっとね多分なんかどっかで話すのかもしんないんですけどやっぱりこの信頼っていうのが一つのテーマになるんですやっぱ社会学なるほどなんで、例えば何でこれ信頼してんのみたい。
だってこれすぐどっか行ってるかもしんないしみたいな。
何を信頼してんだろう我々、いやだって飛行機なんで飛ぶんだからみんな知らないでも飛行機乗るちゃうし、確か、うん。
車なんで走れんだかわかんないけど信頼してるし、うん、いや学校だって別に信頼してるわけじゃないですか。
だってこれ俺嘘ついてるかもしんないからね。
うん。
皆さんねこれあの冗談半分で聞いた方がいいですやっぱりあくまでも僕の視点で話してるだけなんで、いろんな人の話を聞くのがいいですしやっぱりいろんな本を読んだり、いろんな情報に触れるのが、よくいいのでやっぱり何か1人の人を信頼しない方が、それもね、疑ってそうそうなんです。
だから、あの、僕はねある種の一つのメディアなので、うん、メディアだってね朝日新聞もあればね読売新聞もあるしいろんな新聞があるから、いろんなメディアに触れた方が、
そのね知識というものの幅が広がるし、信頼度も上がってくってまさにこれなんですよ信頼度が上がるっていうのは、専門家集団みたいなものの重要性みたいなのは一つあるわけですよね。
現在社会のポストトゥルースみたいな、ことも言われたりしますけどつまりねフェイクニュースが一定程度力を持ったり陰謀論みたいなものが出ちゃったりするっていうのはある種、私達の専門家制度の専門家って言ったその研究者だけじゃないですよその企業とか、あらゆるメディアとかマスメディアとかそういうもの全部含めて専門家集団って言ってんすけど、行政も含めて政府とかも含めて、そういうものへの信頼が何かなくなってきてるからポストトゥルースが言われるようになるっていう側面も多分あるんですよね。
うん。
親のいうことは絶対ではない
いや、例えばさあの学校なんて言ってもしょうがないとかっていうのは、昔だったら学校行かないといい企業行けなくてみたいな。
でもそうじゃない何か回路がみつかっちゃうと、これ疑問が差し挟まれるわけじゃない今まで信じてたものにそうそう今まで信じていたけれども、みたいなね、本当に本当に見たいいや昔は親の言うこと絶対だったけどみたいな。
でも今なんかねネットで調べれば、なんか親と反対のこと言ってるしなんかこっちの方が何か成功してる人っぽいんだけどなんか何だろうみたいな、こういうまさにグローバル化した情報が多元化して多様化すると、うん、信頼、何を信頼するのみたいなものもどんどんどんどん興奮不安定になっていったりするわけですよ。
だから、そのポストトゥルースみたいな、あるいはフェイクニュースが、みたいなことも起きやすくなってたりするんだと思うんです
だから社会学的にそういうふうなことをご考察できたりするみたい。感じですね。
うんということで、ちょっとね、今の話をまとめると、やっぱり何度も繰り返すようにと当たり前を疑ってみよう。
当たり前を疑ってその先にちょっと自分でいろいろものを考えてみようみたいなことが社会学を学ぶことを通じてですね、わかるようになってくるというふうに言うわけですよ。
まとめ
まだね、そういうなんかもうあらゆるものは社会的なネットワークの中にあって、うん、常に繋がり合ってたりするわけですよね。
あとねちょっと飲み物の話で、この飲み物繋がりで僕あのねコーヒーやってるじゃない、僕あの学校であのコーヒーをやってて、コーヒーをねあの2社から毎月仕入れていて、コーヒーでは別に僕が僕自身ずっとコーヒー好きだったってわけではないんですけど、みんなコーヒー飲みたいっていうんで、コーヒー買って、仕入れて、あのねですけどニーズがあるので、みんなコーヒーが好きだから、あのね、あのコーヒーを振る舞うためにコーヒーを仕入れてるんですけどね。
このコーヒー豆コーヒーもね
例えばコーヒーの生産農家さんすげえ搾取されてるとか話があってそれからフェアトレードってものができたりとか、
一つね、考えてもねあるいはコーヒーって元々プランテーションで、その欧米が搾取するためにまず農園を作って、大規模大規模の農園作ってそこですげえ安い黒人奴隷がもう働かされててみたいなそのね、歴史的な背景もあったりするんで、
そういうコーヒー一杯取っても、コーヒーの種類から、そういうコーヒーの歴史からコーヒー社会の関係からいろんなことが読み解けるわけですし、
あとはね、コーヒー飲みませんかとかね、お茶しませんかですね日本だと
お茶しませんかって、お茶飲まないじゃんみたいな。
大体そういう誘い文句でちょちょっとお茶しますかって言ってコーヒー飲むんですよ大体そうですね、喫茶店行ってね、でも何かこういう誘い文句になったりもするわけですお茶とかコーヒーとかねコーヒーでもちょっと一杯どうですかって言ったら、うん、これでちょっとねぜひって言ったらちょっとこれいけそうだなっていうふうなシグナルになったりするみたいになりそう。
とかね、
そういう何かあればねコーヒーってカフェインじゃないすか。
カフェイン入ってて、コーヒーカフェイン入ってんだけど、コーヒーのカフェインはある種、何かこうね。
目を覚ましたりするわけじゃないですか、ちょちょっと何か薬効があるというか、うん、うん、薬効があったりするんですけどうんじゃあなんでコーヒーは、そのある種ね視点を変えて言えばコーヒーって合法ドラッグだったりするわけですうん。
なのになんでコーヒーは良くて何か大麻とか駄目なのとかね。
なぜコカイン駄目なんで今回駄目なのって、そこには何か何かがあるんじゃないか。
うん。
実際やっぱカフェイン中毒みたいな人もいるわけじゃないすか。
そうですねてとこ、そうそうカフェイン中毒の人もいるしレッドブルをなんか数本飲んだら入院したり死んだりするわけですね、ちょっと1人当たりそういうのは。
そういうのはいいのにみたいな。
ここさなんなんだろうみたいなこと別に大麻がいいとか国会がいいとかそういうわけじゃなくて、その間は何なのみたいな。
カフェインはOKでみたいなね。
THCはなぜ駄目なのかとか、うん、逆に CBDなんてそうなんですかじゃあなんでTHCは駄目でCBDはいいのかとか、うん。
誰なんでそういうようなこともコーヒー一杯から考えられたSCとか、うん、うん。
さっきも言ったようにプランテーションでそれをコーヒー生産っていうのは、もう不当に先進国が利益が出るようになっててみたい。
そういう構造になっちゃってるとか、うん、うん。
なんでそもそもね、南米とか、コーヒーってやっぱり、あの、赤道付近でしか育たないんですよ。
うん。
ので、じゃあ何でそういう赤道付近でしか育たないものが全世界中で飲めるんだろうかって言ったら、うんそれはちゃんとネットワークがあるわけよ。
つまり輸送技術がなければコーヒーは、飲めないわけですよ。
そうっすね。
だから、例えばね、今回この中でちょっとね、人の移動が抑制されたりするけどもしかしたらねこっこひが、何か何かのきっかけが飲めなくなるかも知れない。
当たり前に思ってることを実はすごい複雑な流通過程を経て、うん、あるいは美味しいコーヒーてその冷蔵技術がないと、飲めない冷凍技術がないと飲めないとか、空輸じゃ駄目とかリスクじゃ駄目とかワインは空輸じゃだめとかとか気圧の変動があってみたいな、まあね最近美味しんぼをよく見てるよ何回もね皆さんここにいる人たちはみんなしかも最近僕美味しんぼにはまってるんですけど、美味しんぼでその豆腐とワインには旅をさせるなみたいなことを主人公がぽっといったりしてだから、やっぱり品質が落ちるから、だからその主人公は、その京都の丹波で作られた豆腐と上野で作られた豆腐どっちも美味しそうなんで老舗の豆腐屋さんが作って美味しいんだけれども、
この味比べをしたときに、わずかに味が劣るのは京丹波の方だみたい京丹後か忘れたけどみたいな、それに興味があるから品質が落ちるみたいなねその鋭い味覚はそういうこともわかるんだみたいなそういうような事例ですけども、何かそういうのをそれがわかるのもそこに距離があって、うん。
そこの間をやっぱり運んでいく流通技術がまだ未熟だったみたい。
うん、うん、うん。
何かそういうものを考えられたりとかですね、やっぱり何かそういういろんなテーマに派生していくわけですよね。
コーヒー一つを取って、あるいはその今さっきの目の前にあるこの、うん、うん。
ドリンクですけども考えてくだい
そういうものを題材にしてもこんだけいろいろテーマが広がっていく、うん。
もう無限にテーマがあると言ってもいいわけですよね。
そういうものを、そういう何か視野が広がる感じが。
1回あたり前飲んでいるコーヒーとか、このんとかねそういうものを、うん。
ちょっと、もっと疑って見てみると、これどっから来たんだろうとかね、あるいはこの間監査なんかプルタブとかさ回収されたりするけどなんでこれが何か車いすに還元されるんだろうとかね。
うん。
プルタブ集めとかしませんでした?何かを小学校とかすごいプルタブ集めとかして、ベルマークとかやベルマークとかね、うん。
のとかも仕組み考えた人上手いなと思うけれども、うん。
ていうのが、そういうのも含めて全部ひっくるめて、社会っていうふうに、社会的な活動なわけですね。
つまり社交なわけですよ全部。
それ機械と人間との社交でもあるし、人間と人間との社交でもあるし、制度と制度との社交でもあるし、いろんなもののインタラクションというかね、相互行為があるところに
は社会があって、でもそれをメタに観察して初めて社会っていうものが成立するっていうまさにね例えば2人の社会とは言わないわけです。
そうっすね。
2人は世界で2人は世界なんですよ。
2人の世界を眺めてる人はあいつは何か、何か熱々カップルだなとかって名づけたりするんで、深夜の駅とか深夜の駅には2人の世界がいっぱいある社会が結構あるみたいな。
うん。
なのでそういう形でですねのインタラクションがあり、それが観察されるということが大事なわけですね。
うん。
そこに社会が存在している、つまり社会はある種、3人から始まるんじゃないかみたいな話もありますよね。
1人は1人だし、2人は世界なんで、2人の中間でわざわざ自分たちのことをメタにも認知する必要ってあんまりないんですよ、第三者の目が入ってるからこそ私達は恋人ですとかね。
これね、例えば恋人がいて2人、恋人同士であれば、別に自分たちに名付ける必要なんかないので、うん。
でも例えば親に紹介するときはこういう人ですとか、友達に紹介するときに恋人ですっていうふうに言わなきゃいけなくなるからという意味でやっぱり、社会って3人から始まって観察観察が必要で、ここ相互行為と観察があると社会というものが出来上がっていくわけですね。
うん、どうぞ我々は美味しんぼじゃないけど、社会学を学んで鋭いセンスを磨いていくっていうのがあるんですね。
あると思いますね。
ということでですね今回第1回目なのでそろそろまとめに入っていきたいと思うんですけれども、社会学ってまとめると、ある種、
18世紀19世紀の政治的経済的な変動からいろんなものがイノベーションめっちゃ生まれていろんなものが大きく組み変わっていった中で、何か変わってるな、今後これどうなっていくのかなこれ変だななんかおかしい何回いつ今までと違うなっていう、この反省的な意識から生じた学問であって、初期にはやっぱり社会の物理学と言われたように、観察と実験とくに観察っていうものを大事にした学問だったわけですね。
社会そんな社会学を学ぶとどういうふうな、なんだろうことができるようになるのって言ったら、ちょっとちょっと当たり前を疑って、うん。
何だろう、想像力を広げて、1本のドリンクからでも無数にテーマが出てくるっていうのが、社会学の面白さで、あるというようなお話だったわけですけど、ちょっと感想のフェーズに入ろうかな。
学生:すごいやっぱりその缶ジュース1本からね、いろいろ話が発生し想像力が豊かになるっていうのは、もう、もう学ぶしかないでしょって感じでもらうしかないでしょうねでしょって感じですしまた、コロナとかでねさっき社交の話とかがすごい出たけれどもカフェでも喋らないとか、飯食べても喋らないっすねそういうのになってくると、やっぱいろいろ議論ができないってことは、言う妄想力も持ってでもね関係のあり方も変わりますからね、変わっちゃうってその辺に関してはLトークのものだとなんとかっていうえるトークでもあの話第1回目のLトークでもちょっと話して議論ですけど、うん。
LトピですねごめんなさいトークじゃなくてLトピでした話したのもありましたけど結構、
今やっぱ社会学もらうことでこれだけ結構SNSとかも出てきて複雑化している社会の中で、うまく生き抜いたり、観察していく上でも大切だなと思いましたし、これからますます学んでいきたいなっていうふうに思います。
なるほどね。
なので、ねいまコロナで社会のあり方が大きく変わりましたが。コロナ以降でね、社会学の何か知見とかを使っていろいろ考えられたら面白いんじゃないかなっていうふうには思ったりもしますけどね。
うん。
あとはやっぱりこんだけますますこれから科学技術が発展していったりしてどんどんどんどん本当に何だろう。
社会の範囲もどんどん大きくなっていくだろうし、もう情報も瞬時にこうね、受け取れて発信できるようになって、うん。
くるなかで、そういう新しいこうねなんか文科省文科省じゃない日本政府はSociety5.0とかなんかこう、なんかドイツ政府はインダストリー4.0とかなんかそういうふうに名づけたりしてますけど、そういう中でどういうような社会になってくるんだろうって妄想しても面白いかもしれないですねただそれは社会学の守備範囲をある種超えちゃってるとこあるんですけども、何か超えちゃってるけれども今後どういう社会になっていくだろうかとか、あるいは今後どういう社会になることがある種理想なのかみたいなことは、あの社会学の知見とか使えば、あの考えられるように、こうなっていくと思うので、まあねあの高校生だけ、あるいは大学生だけでもなくてねむしろね、大人とかにも結構、学んでも面白いんじゃないかなっていう学問だと思うんですけども。
という感じでですね、今回は社会学第1回ってことで、社会学のざっくりとした内容その大枠をですね、はい。
説明したというか議論していったっていう感じなんですけども、あの次回からは個別のテーマで議論していければと思うのでよりもっと何か現代的なテーマに近づいていくと思うのでちょっととっつきやすくなるかなとは思うんですけども、今回は何だろう。
社会とは何か、社会学とは何かある社会学とは何かってちょっとこう、抽象的なうん、議論でやってまいりましたというような形ですね。
第1回の第1回目の社会学のを講座はこれにて終了したいと思います。
はい、はいありがとうございましたでですね、あの、聞きたいこととかよりね、うん、より何か聞きたいこととか何かこれちょっとあのラジオって基本的に一方通行になってしまうので、何かこう聞いてこういうこと疑問を持ちましたとか感想とかたら、まあね各種SNSやってますんで、そういうところにコメントしたりとか、どしどしってどしどしあるいはこういうことちょっと話題に触れてほしいみたいな。
ことがあったり、こういうこれについて社会学的にこう考えて欲しいとかあれば、別のねLトピとかLトークとかそういう番組で扱ってもいいので、どしどしコメントくださいっていうですね。
はいことで、やっていきたいと思いますので、1回これにて終了です。
はい、ありがとうございますありがとうございました。
ことがあったり、こういうこれについて社会学的にこう考えて欲しいとかあれば、別のねLトピとかLトークとかそういう番組で扱ってもいいので、どしどしコメントくださいっていうですね。
はいことで、やっていきたいと思いますので、1回これにて終了です。
はい、ありがとうございますありがとうございました。