【Loohcsアカデミー第5回】 心理学①ー魂と心の違いから考える心理学

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心理学ってなんだろうーオススメ記事

こちらの記事ではラジオに関連する周辺事項(おすすめの本、専門書)も併せて紹介しています。もしよろしければ、ご一緒にどうぞ!

↓文字起こしです

Loohcsアカデミー始まりました。Loohcsアカデミー通称Lアカの時間でございます。
今回は心理学についてですね使っていきたいと思っておりますがスピーカーは毎度おなじみのLoohcs者取締役谷口ですね今回のお相手はこれまたおなじみ初めて聞いた人は全然同じ意味ではないと思いますけど。
ね、何回か聞いてる方はおなじみのかずひろくんでございますよろしくお願いしますします。ってことですねあのLoohcsアカデミーこれから収録していくんですけれども
今回ねちょっと機材トラブルなどがありますよね。
これしかも本日ルークスラジオ2本目でございましてですねあの1本1時間ぐらいかかるので、ちょっと疲れているのは正直のところですが、心理学についてですね、やっていきたいと思いますはいよろしくお願いします。

心理学のイメージ

  • DAIGO
  • 人心掌握
  • アドラー心理学

心理学早速は本番入ってきたんすけど、心理学って聞いて、何かどういうイメージありますか。
学生:やっぱDAIGOっすね
ウィッシュじゃない方ねそっちじゃないメンタリストの方ね
思ってるのは赤いリンゴですみたいなはい。
なんかちょっとこう、なんだ、相手の心理を読む。
そうそうそうそうそうなんかマジシャンみたいななるほどなるほど。
心理学をやってる人というとちょっとマジシャン
なんか女の子にももてる
女の子に限らず男女の心理を上手く心理学の知見とかを想っ使って
人心掌握のイメージありますよね。
なるほどねそういうイメージなのか。ある種の人間関係をちょっと何なんですか効率化するために有利にするための学問だとなるほどね。
心理学いろんな分野があるのであれですけど、僕全然心理学専門とかっていうことでもないのでそんな詳しいことが言えるかってあんですけど心理学確かになんか最初、

当初の心理学

  • 当初の心理学は工場で人を効率よく働かせるために用いられた。

当初、心理学出てきたときはやっぱり結構なんだろうその人をいかに高効率的に働かせるかみたいな関心とも無縁ではなかったことは事実でございましてですね。特に近代産業革命が起こってですね、工場ができたわけですよ。
はい。
いっぱいで、でもその工場で働くって人類にとって初めての経験に近しいことだったので、確かにですよね。でまずまず8時に就業8時間労働で1時間お休みするとっていうのもこれ大変じゃないですか。
はい。
だってね。今じゃ当たり前だけど、その好きなときに働いてっていうね生活をしていたらですよ仮に、8時間毎日来てくださいってだけでもかなりハードル高いっすね。それはなんかストレスフルになったりするわけですよ。その職場の環境が悪くなったりですね。でですねやっぱりね当初、工場の生産性を高めるために、この人、をいかにしたら効率的に働かせることができるのか。
っていうですね、問題関心のもといわゆる心理学者、当時心理学者ってどれだけ社会的認知されてたかっていうのはあれですけども、心理学者たちがですね、工場見学をしたりしてですね、実験をしたりするわけですよ。
例えば対象をA群とB群に分けて、A群にはある何かこうね、例えば何だろう群には例えばあれですかね照明の明かりをLEDにしてみましたとこっちは白熱灯にしてみましたとかね。実験するわけですよ。
LEDの方が生産性があったとかね、LEDというのは、光が白熱灯よりも優しくてとか何かそういう、なんかあの人間の集中力を阻害しないからこっちの方が、効率的なんだみたいなね
壁紙が青い方がいいみたいな。
そうそう。でそういうのを産業革命以降の心理学者たちがになってたりしたのは事実なんで人間の特性を理解してその人間の特性に合わせた形で何かこうね、人間の構造を、ある一定の方向に向かせるっていう、確かにそういう知見もあるのはあるんですよ。
うん。
まずそこはね、あると思ったらそれが何かメンタリストみたいな感じになるとうん、やっぱ人間の癖みたいなものをつかめば、大体相手が次に何してくるかってのがわかると。
そしたらね恋愛の駆け引きとかもそれ当然うまくいく可能性が高まるわけですから、あるいはね、あともうあれですよね、あの勉強動画とかね。どうやったらうまく勉強できるのかみたいなのを心理学的にやったりとか、はなんか最近YouTubeとか見てるとなんか人気な感じがしますよねそうですね。勉強というか仕事もか。
うん。
でもそういう心理学系のテクみたいなのは結構人気ですよねやっぱりね人気ですよね。
学生:自己啓発書と一緒な感じで、いろんなやっぱ人気ですよね動画とかも出たりしてその書評とか、その心理学系の方のね本の要約した本とかがビジネスマンセンターに
あれだよねアドラー『嫌われる勇気』はもうなんか空前絶後の大ブームっていうかね。
うん。
アドラー心理学って心理学の分野では割と多分傍流の方だと思うんです。
へえ。
僕ちょっと詳しくわからない心理学の人じゃないので詳しくわかんないんすけど基本的に傍流の方に位置づけられるんだと思うんですけどね。まあ詳細調べていただけるといいんですけども。あれとかかなり大人気ですねあと皆さんがよく知ってるのとマズローの何か欲求の話。
はい。
あれもね、よく聞かれますけども、うん。
何かあれも近年では批判されてる傾向にあるみたいな感じやっぱり何か人間の行動特性を、何だろう。
理解するための学問だっていうのが何か一般的な理解だと思うんですよね。

心理学と物理学の関連性

元々心理学精神物理学っていうふうに名指された精神物理学科
なるほど。

だから何かというと、人間の心理をえぐるとかじゃなくて、人間の行動特性を観察するっていうのが、なるほど物理学なんですよね。
実験して観察して、何か仮説を立てて実験をして、それであの結果を見て、何か分析して、仮説が検証されたorされないみたいな、基本的にそういう傾向が強いです実験心理学っていうのが元々はね、やっぱ自然科学的なやっぱり登場当初物理学の方法、つまり実験と観察が、大きな成功を収めたので、心理学のみならず社会学とかね他分野にもその物理学の方法ってかなり波及していったんで、だったら人間の精神みたいなものも、うんちょっとこうね、観察して実験したら何かできるんじゃないかっていうのがね、うん、初発の問題意識というか初発の方法論だったわけなんですよ。

心とたましい ー心理学と精神分析

そんときにやっぱりね、もちろん昔から魂みたいな話はあったので、
でね魂のみたいな話もあったけども魂ってなんだかちょっと神秘主義っぽい何か神秘的な感じがするので、そうじゃなくてマインドっていうね、心っていうもの、マインドって何なのっていったら心って日本語で訳すけれども、意識とかそういうふうに訳したりしますよね感覚として多分そのマインドって言ったときには欧米圏ではやっぱり意識とかそういうニュアンスのが強いんだと思うんですよ。
人間の意識あるいは人間の無意識。人間の無意識とか意識とかがどのような行動をもたらしてしまうのか。これを観察したら人間のこの行動の癖がわかるっていう。
なるほど。
だから人間の心の内に秘められている闇を何かっていう話ではないんですねそういうのなってくると精神分析の方に、近寄ってくるので。精神分析っていうのがあるんですけども精神分析例えばフロイトが有名ですけど、フロイトね一般的心理学者と思われてると思うんですけどやっぱサイコアナリストで精神分析なんですサイコロジーとはちょっと違って、精神分析と心理学の間では結構対立があったり、つまり心理学からすると精神分析って科学じゃないってことんなるんすよね。
なるほど。
だって検証できないじゃん。
精神分析何やるかって例えば夢を分析しましょうとか、トラウマ分析しましょうってなったときに、なんだかよくわかんないけどいつも家族の問題になるとかね、母って言ってるけど父とか母とかねファルスとかね言ってるけどもそれって何か現実の母とはちょっとやっぱりちょっと違う概念的な存在であったりするのでこれって科学的じゃないじゃんっていう批判をやっぱ心理学人たちは精神分析に対して向けることも多いし。
あるいは精神分析の側は、心理学っていうのはね、その現れる行動ばかりを相手にしちゃってるので、だからそれはやっぱり臨床的な知識としてはいかがなものかみたいなそういう論争もちろんあったりして論争ってかもう今や、多分何かあれはあれねみたいな感じに多分なってると思うんですけど、っていうのでですね精神分析と心理学もやっぱり違うし、心理学ってやっぱりその当初の問題意識からやっぱり仮説を立てて実験をして観察をして、何か何かしら結論を導き出すっていうそういう結構科学的な、まさに科学なんですよね。
だから今認知心理学とか、つまりあのね、最近だとねの脳波を測ってみたりとかっていうのが心理学だったですね。
そういうふうにもうなってきていて、ほぼ神経科学ともう隣接したりしているので自然科学の様相をますます呈してきて、というのが一般的な傾向だとは思う特にね欧米圏特にアメリカではそうですよね。で心理学の知見をもを使って、例えば行動経済学とかね、経済学でね人々は何かなぜこう不合理な選択をしてしまうのか、そこには心理学的な研究が参考になりましたとかそういうのに使われたりしてますよね。

”心理”という言葉はそもそも何なの


あとはカウンセリングじゃない、コーチングとか、組織開発とか、コーチングとかには心理学の知見が用いれ、用いられたりしてますよね。ていうので心理学かなり幅広い領域で活用されている知識を算出する学問なんですけれども、心理って言ってるけど心理ってそもそも何なのみたいな話をねちょっと話していきたいんですけど。
はい。
うん。
心理ってなんなんすかね、理って日本語で言ったら明らかにするとかそういう意味なんで心を明らかにする学問なんですよ。
ていうことはですね理(ことわり)ですかね、言ってね。元々はプシュケーっていうギリシャ語由来なんですけど、魂って意味があったので心の学問魂の学問ということではいサイコロジーなんですが心って何だっていう。
何か行動に出る前の中で思うことみたいな
まずですけど、心があると思いますか。
あると思います。
心はどこにあると思います。
心臓刺すと
何でなんですかね。
なんでなんだろうな全然考えたことなかったな。
何かありそうじゃない何か心が熱くなる感じと
いやだからハートとかもね、ハートって言ったら心意味したりするけどもあの右心房と左心房を極端にあの抽象化するデフォルメすると、なんかハートになるわけですけど、なんで心なんですかね。
なんで心の臓を指すんですかね難しいですよねまずそもそも心ってあんのっていう話もあるじゃないすか。
はいはいはい。
最近だとねいや心なんかない脳の発火現象なんだっていうね。極端ですけど物理主義で言ったりしますけども心なんてものはまず存在しないんで、それはあの神経系の問題であると。
まずつまり外界から情報を得て神経を通って情報が伝達し、それを脳で処理し、適切なフィードバックを身体に返してあげて何らかの行動を取るっていううん。
つまるところ、反応でしかないってこと?

心についての古典的な枠組みー行動主義

なんだろう環境からの刺激と反応であるっていうねこれ、その behaviorリズムのかなり古典的な枠組みなんですけども行動主義ってやつですね。
はい。
まだそれその意味では動物も人間も変わらないんだっていう話ですよね。
でなんならさ最悪突き詰めてしまえば電気信号を与えてしまえば特定の反応をこうね、あのもたらすことができるというふうなこともまあね言われるわけですから。
ということで根や脳のを分析すれば心がわかるんだっていう議論もあるけど、どうなんすかね。
いや心がある論者からするとそんなことないんじゃないかって反応が来ると思うんですけど。
心って何なんですかね。
なんかわかんないな。
いやだから言う別に結局わかんないんですよってかいまだによくわかってないので。
うん。
でもなんだかよくわかんないけど人は何かそのね、頭と心を分けて考え、頭は知性を心は感情とかね、何かそういう分け方をしてたりするわけですけども、この分け方ってもうそもそも自明ではない。
ということでですね心っていうマインドって出てきたのがいつからなんだみたいな話とかもあるわけですよねそれまでは魂っていう方が一般的だったんですよね。魂ていうふうな言葉を使うのが、魂と心と何か違いがあると思います。
でも何か言葉が違うからありそうだなと思っちゃいますけど何か魂は何か心と違って、何か元から宿るものみたいな何かそういう感覚。心は何か心から出るものがあるけど魂は魂でしかないっていう。
心から出るもの反応としてその心で何か感じて怒る。そういうのはありそうだけど、魂は何かその心の大元みたいなんか、なるほどねそういう感じありますやっぱり魂と心が違うなるほどね。
なんか、いやこれもねいや、これもみんななんかよくわかってないんですよ。
うん。

やっぱり心とたましいって別だよね


やっぱりずっと魂って言葉使ってきたので、やっぱり19世紀ぐらいにですね、心理学っていう学問が登場してきた段階でやっぱりね、魂とは別で心っていうことを、どうやらその確立しようとしていた節があるんですよね。
魂って魂って何か例えばですけど、魂ってどういう人たちが魂の領域を扱ってたというか、司っていたと思います?
それこそ今隣に何か絵があるんすけど絵画とか彫刻科とかなんじゃないですかそういうことか。
それどういう意味なんでしょうね
なんかなんだろう彫刻とか例えば掘ってて、そのだんだん人ができてきて魂が何か宿るなっていう感じ人物画とか書いてても、なんか魂を宿らせるとかよく聞くじゃないですか。そういう感覚。美術とか芸術をやる人が魂を扱うんじゃないか。
ななるほどねっすね作品に魂を与えるみたいなねさ確かに作品に心を与えるとは言えないですね。なるほどその考え方面白いかもしれないっすね。
魂てスピリットって言ったりするじゃないですかそういう意味かインスピレーションって、魂が宿るっていうことですよね。
スピリットが内に宿るっていうので、ただもうインスピレーションと発想とか言うけど、そういう意味で確かに魂が宿るってなんかこう、何かやってくる意味が元々あって。だからそういう意味で作品に魂が宿るってインスピレーションですよね発明、発見、創造。じゃあ何でそれを心って言わないんだろうとかね。
心を行き来するものじゃないんじゃないですか。れぞれが何かそれぞれのものとして持っているもののそれでしかないみたいな。
そういう考え方もあるかもしれないですね。
本題はですね、魂をつかさどるってやっぱ宗教とか牧師さんとかです。魂の救済とかね心の救済とも言わないかもですねこれもうん。
確かに心の救済とも言わないからですね。
うんこれも何か心をケアするとか、うん。
魂をケアする魂に配慮するはあるかもしれないけども、心を、うん心を救済するって言わないですね。魂を救済するっていう。
うん。
そそそういう観点から、何か心かもしれないが違う。タマシイレボリューションってあるじゃないすか。心レボリューションって言ったらちょっと全然違う感じですよね。
魂については、かなり昔から議論されてきたんですよ。それこそね哲学の方でもやったソクラテスとかってのは霊魂不滅説っていうことをね、言った、言ったりしてそれ元々なんかピタゴラスイッチのあのピタゴラスの定理のピタゴラスがそういうこと言ってたっていうことがあるらしいんですけども、霊魂不滅説っていうのがですね、こういったときやっぱ魂なんすよね。
魂を不滅で、魂は体が滅びても魂は残って、うん、魂を浮遊していってね、もっと元いた場所に帰ってまたそして戻ってくるっていうなんか輪廻転生的な世界観ときは、魂って言うし、心って言わないっすよね。
確かにその体がなくなって心は、何だろう。
残って、みたいな。
体が死んだら魂は残るけど心が残らないみたいな。
やっぱり心と魂なんか違いそうだなみたいな。
うん。
19世紀とかその辺がメインになってきますけど19世紀までやっぱりその魂のついての議論とか実践の方がメインだったんですよ。
うん。
うん。
それやっぱり教会とかね、その聖職者たちが中心になってそういうことをさんざん議論してきたわけですけど何で今度は心というワードが、あるいはですよワードというか心という発明品が必要だったのかってことですよね。
なるほど。
うん。
なんでだと思います。

若い学生が思う心とは

  • 学生「やっぱり、なんかたましいって言うと胡散臭い感じがしてしまいます、、」


学生:いやあ、難しいなあ、心を今何か考えてたんですけど、心ってなんか気持ちを表す言葉としてよく使われるなと思って、遊び心とか、そういうイメージあるからその行動を理解する上で、その心が、何ていうかな、大元になってる可能性あるからやっぱ心っていう、なるほどね説明することで、何らか、何かたどり着こうとしたんじゃないかなと
なんかねだからねやっぱりね心という言葉が誕生してきた背景には心理学者たちの活躍、暗躍台頭があったわけです。
はいはいはい。
ソウルとかね、スピリッツの問題から、心と運んでですよ。
ですよやっぱり今まで話してきたやっぱ心魂って何だかやっぱりさっきも言ったような神秘的な匂いするじゃないですか。
うん。
宗教っぽいじゃないすか。
うん。
うん。
でもなんか人間には、身体とかとは区別される、あるいは頭と区別される何かがありそうだということは、なんとなくみんなをそう思っていて。
うん。
でもこれソウルじゃないスピリッツじゃないよなみたいな。
うん。
そんなこと言ったら何か宗教家たちがやってきて魂を救済しましょうとかね、霊魂不滅なんだとかね。
うん。
何か科学っぽくないんじゃないすか。
言ってしまえば、
そこで編み出したワードがマインドっていう、なるほど心っていう言葉で、これはやっぱり心理学者たちがですね、当時その宗教かとかそういうものに変わって、自分たちがその固有の対象として心というのを生み出したわけですよ。
うん。
これはね、あの数と前話した社会学でも、やっぱりその社会社会という対象を生み出したわけですよ。
はい。
自分たちは何を守備範囲としている学問なんですか。社会ですと、社会って何ですかって社会とはこうこうこうでと説明しだすっていうとそしたら社会学っていう領域ができるのと一緒で、心理学っていうのも、いや心があるんだと。私達は魂じゃなくて、心を研究していくんだっていうそういうふうな要は自分たちの何か領土を確定するために心っていう言葉を作ったりしたっていうのがどうやらあると。
はいはいはいうん。
だからこれね求めてなってるのはですねエドワードリードの『魂からここへ』って本なんですけども心理学がどのように誕生したかっていうのがこの本に書かれてるので、それが元ネタになってるんですけど、うん。
だからやっぱりねそういうような形でですね何か科学的に心をつまりね科学的何かを研究するっていうことが、されるようになってきたっていうのが心理学誕生なんですよね。
うん。
そう考えるとこうね今だと魂ってどういうときに使うんすかね。
何だろう。
魂は心に置き換えられてつつあるし、何か魂とか言い出すとこの人スピリチュアルだなって思われてしまうということですね。
でも心って発明品だったわけじゃないですか。
はい。
そういう意味で言うと、はい。
でもこの発明品だけどなんだかよくわかんないけど我々発明品じゃないと思って生きてますよね。
確かに元々心があるんじゃないかっていうね。
はいでもこれ発明品なんだっていうのがまず一点目おもしろポイントだなっていう。
心って発明品なんだけど
また魂も同様に発明品なのかもしれないですけど心ってなんだかよくわかんないけど、その自然に存在するものっていうかね。
うんそういうような形になってですね。
あの心を分析するとかですね心を理解するとかですねそういう言葉がですね平気でっていうかね流通するようになっていったもうこれはやっぱ心理学者たち勝ちだなというか、戦略勝ちだなというかあの市場とったなって感じですよね。
なるほど。
はい。
ていう感じでやっぱ心っていうものが出てきたっていうのがあるわけですよ。
心はどうやって観察できんのっつったら実験とかしてみましょうっていうね、さっき言ったみたいな自然科学的なね、自然科学的な、なるほど。
それって全然違うんです何回も繰り返しになっちゃいますけど、その宗教家が使ってきた魂とは全然違う。
しかしでも今も心っていうとね今度逆に今度は何か宗教感出てくるときもあるんで、うん。
心の平安をとかなんかそういう感じになってきてやっぱりね心理学っていうのも、カウンセリングとかコーチングとかなってくると、何ちょっとねやってることって科学者がやることよりは、何だろう宗教家がやるようなことに近くなってきたり、うん、してるんででもそういうとき私達も魂って言葉よりは心という言葉を優先して使うってことですね昔魂について議論されていたときの
知恵とかはだんだんなくなってきてしまっているので、やっぱり魂と心っていうものの、なんか違いみたいなのを考えないといけない、改めて考えないといけないんじゃないかみたいな議論があったりするわけですが、なるほど。
はい。
ということで心理学ね、心理学扱う心というものの、なんかよくわからなさは、はい、あの共有できたかなというふうに思います。
はい。
どうでしょうかね。
ここまでで何か心が発明品だみたいな話はすごい衝撃的で、それこそ何かやっぱあの心が大事みたいな話とかなんか優しい心を持ってるねとかなんか結構そういう感じの幼稚園とか通ってたんで、なんかあの悪い言葉を使うと悪い心になってしまいます
ていう感じですね何かやっぱりそれも面白くって、その心が本質化してるわけですよ。
悪いことをした原因には悪い心があるとかね。
はいなんかそういう形でそうそうその心と発明品だったにも関わらず今度心っていうものがもうあるものとして捉えられてうん一周回ってこそまた何かこう、神秘化していくみたいなことってありますよね。
うん。
幼稚園とかでもねだからその心の教育みたいな形になっていくとこれなんか、魂で言ってることと何が違うんだっけみたいな話は、うんよく、あったりはしますよね。

昔のお医者さんと心の問題ー四気質説

あとですね、あとなんかここからちょっと面白いってか話がまたちょっと飛ぶっていうかなんか関連したことなんですけど、心の問題って心理学者とか宗教家の話をしてきましたけど、お医者さんもですよ。
お医者さんもあの重要な役割を果たしていたりするんですよね。なんでだと思います。
なんでだろう。
なんかあれすか病は気からみたいですよそういうね、もうあるし実際何か古代のあのギリシャではですねお医者さんのですねヒポクラテスっていう人がですね、4気質説っていうのをですね、出してですね、これどういうことかっていうとですね、人間にはいろんな体液が流れてる、うん。
血液と粘液と胆汁っていうね聞きなれないと思うんですけど、このいろんな血液が流れてるわけですよ、人間には、はい。
でですね何て言うんだろう例えば血液が多い人は社交的だと、うん。
何だかちょっとわかりませんね。
何かわかる免疫が多い人は、
ちょっとドロッとしてね体液が多い人は理知的っていうか知性的である、うん、うん。
これも何か言うわかるのか黄胆汁が多いとこ情熱的黒胆汁が多い人は鬱々としてる。
いやなんかだから今の血液型診断のはしりみたいなのが、古代ギリシャのときにはもう出てたりするんですよ。
うん。
でですね面白いっすよねだから血液のどの量が多いかっていうのが、ちょっと占いぽい感じ。
なんでこんなことわかるのかって話ですよね。なんで医者がこんなことがわかるのかっていうのは医者がどういう存在なんだかですかね。
なんでだろう。
体を切るかそうそうなんですよ。
つまり医者って体を切ったり昔は出血って言ってなんかね、血を抜いて病気を治すみたいな事も言われてたように、血を扱ったりするのでですね何か解剖したりすることもあるわけですよ。
うん。
でですねこの解剖するっていうのが、医者が魂とか心の問題に関わってくる。ポイントなんですけど、うん。
というのもですね、解剖したところ、心なんてありませんでしたっていう単純に臓器としてないっていうないっていうね、心の臓とは違うので、心ってないじゃんみたいな。
うん。
人間には心があるってみんな言ってるあるいは魂があるって言ってるけどもね。
同様にカエルを解剖してみたところ、うん、あれみたいな。
あるのは何か右心房と左心房と左心室と右心室と何かこうねそれを結んで静脈と動脈等みたいな小中学校で習うようなお話ですけど、というところですねお医者さんが心の問題に関わってたりするわけなんです。
つまりね解剖したら心なんてものはないんじゃないかっていうところでもある一方で、はいはいがこういうね本当かどうかわかんないすけど、死ぬ前と死んだ直後で魂分軽くなったみたいなところもあったりして、だからそういう解剖学っていう分野もですね、その心理学というか心の問題にかなり関わってきたりするわけなんですよ。
うん。
なんか小中学生が何かワクワクしながら話しそうな話をねそれを真剣に、当時のやっぱり人たちは心あるいは、魂があるんだろうかどうかっていうのも特に魂があるのかどうかってのは解剖したりしてですねこういう話って非常に神秘主義的で形而上学的でつまり何だかよくわかんないわけです。
うん。
雲の上のような話なんですよね。
はいはいこういう話をするんじゃなくて、つまりお医者さんとか、その宗教学者とかがこの魂の救済とか魂本当に体のどこにあるのとかそういう話するんじゃなくって、我々は観察できる心だけを扱うんですよっていうのが心理学の立場なんですよね。
うん。
ていうので、それが一方でありましたっていうそういうお話ですね。

とうとう出てきた!哲学と心ー心身二元論/ルネ・デカルト


はいあと大事なのはですね、心身二元論っていうか考え方ですね、これはその心理学がまだできる二、三世紀前のお話ですけど、はい、うん。
だから哲学者っていうのも、
ここにつまり今話だけ宗教家心理学者、医者、哲学者も結構心の問題に関わってきたりするほどね、特に心身二元論というのを唱えたっていうのが皆さんご存知の方もいるかもしれないですけどデカルトって人ですよね近代哲学の始祖と呼ばれてるデカルトっていう人ですね。
はい。
デカルトさんはですねやっぱりさっき話してたこの解剖。
あの解剖の学の知見とかを用いてですね、あの人間の体ってのはまさに機械のようなんだ。
っていうふうな、話をしてるんですよ。
まさにさっき言ったような、人間の体とカエルの体ほとんど変わらないじゃんと。
確かに臓器が臓器図師だからなんかねあの、小学校とか中学校とかなんかこう変える解剖してみるみたいなことをこうやって、あの改良解剖したら心臓があって何か静脈と動脈があってみたらわかるから。
うん。
これ人間解剖しても同じことが言えるわけじゃないですか。
うん。
ていうのでやっぱデカルトはね、身体っていうのはね、あくまでも何か機械と同じような、てかみんな同じなんだと。
うん。
それに対して、だから人間に置いてたんで大事なのはむしろ魂の方心の方なんだっていうふうに言うわけですよね意識の方が大事なんだと。
もう人間の体みたいなのは器でしかない器でしかない何かちょっとエヴァっぽいですね。
そうそう意識の器なんだと。そういう意味で、だからデカルトくんはですね「我思うゆえに我わり コギトエルゴスム」っていうね有名な言葉がありますけれどもそこで言ってるのはやっぱりその一旦いろんなものを疑ってみましょうと。
うん。
身の回りにあるものつまり今ねマイクが存在してますけどマイクは本当これ偽の像なのではないかとかね、目の前にいっしくんいますけどこれはねこれも像なのではないかとかね。
これは本当に存在してると言えないのではないか私が生み出した妄想なのではないかとかねそもそも見えてる世界全てが私の妄想なのではないかとかね、真に実在しているわけではなくて、ね、いや、これは何か何か悪い夢を見させられてるんじゃないかとかね、そもそも夢なんじゃないかとかね考えていった先にこれ何が残るかってとこ考えてることそれ自体が残るっていう。
Ithinkが起こるわけですね。
そうなんですよねまさに考えるというそのものが残っているので、これだけは、疑い得ないと。だって、いや、俺、私は今考えてるということもね、これは騙されているのかも知れないがしかしこう考えてはいて騙されみたいな感じでここはどうも疑えない点としてあると。
私が思うから存在しているんだと、いうわけなんですよねということで、そういう意味である種の意識というもの、それ自体を考えるということをデカルとさんは方法的に可能にしたわけですよ。つまりある種体というものは、これね、体というのは物理的な話なので、はい、うん。
これも自然科学がそうね解明してくれるだろうと。
うん。
いや実際にそうはならなかったんですけど今でも体っていうのはわからないことだらけなんですけども科学が進展していけばあらかたのことがわかるし最近だとね、
遺伝子情報なんてのをね、検査すればわかるようになってきたので何歳で死ぬ確率が何%とか何かこうね病気のリスクが遺伝学的に何%であるようになってきてはいるけれども、デカルトっていうのはそういうものではなくてですね、まさにそういう体と心を分離して考えてみる。身体というものは器に過ぎないから。
私が考えるということが、課題になるんだっていうので心身二元論って言われたりしますよねこれはなんかこうねよくなんだかよくわかんないけど大学受験は今はどうなのかわかんないすけど大学受験では結構悪しき心身二元論みたいな感じで、うんよく文章出てきますけどもつまり体に対する心の優位をあまりにも強調しすぎたゆえに、体って言ったら別にそのあらゆるボディーなんて例えば自然とかを支配するようになったとか動物を支配するようになったとか、人間中心主義になったんだっていうふうな文脈で語られることありますけどデカルトさんは別にそんなことまで言ってないので、何か主に近代哲学の始まりは心と体の分離なんだというふうに一般的に言われますけど近代以降の哲学でもまあそそんなことはないので、なるほどあれなんですけどこういう形で哲学者の心の問題とかね、魂の問題参入してくるわけですよということですね。

医者と宗教家と哲学者ーまとめ

もうほんま今まで話してきましたけどね、当初ね、やっぱり話していたのって、心って何なのってよくわかんないよねっていう、うんやっぱり未だによくわかんない。今心にまつわるいろんな人たちの言説というか、お話をとりあえずいろいろ喋ってみて何か心って何なんだろうねみたいなのをなんか外堀埋めてく感じで喋っていたんですけどそこでいたのは、
まず、宗教家たちですよね。
うん。
そこでは魂の救済の問題がまさに問題になるし。お医者さんからすればやっぱりそのね心の存在を突き止めたいという欲望があるし。哲学者っていうのは心って何なんだろうみたいな何かあのね、ちゃんと厳密に考えていくし。
はい心理学者っていうのはそういう議論にはそもそも参入しないで観察・観測可能な領域を自分たちで確立していったそういう歴史になっていきますよねはい。
うん。
そうなんですよ。
だからさっきも言ったような初期の心理学っていうのは、やっぱり工場とか人間の目に見える構造を観測して、そこから人間の特性を出すっていうね、これお医者さんだったらさっきのようなあのね体の血液がみたいな話になるけれども、あの心理学者たちはそうじゃない選択をしたっていうような、うん感じですよね。
うん。
そんな感じでいろんな側面から心っていう問題に迫ってきているわけですけど、改めてどうですかね。
かなりいろんな視点を積み込んだので、
学生:何かそれぞれやっぱりあの注目分野が心同じ心を見てるとしても、その心があるから、心はなんとか唯一物として捉えるみたいなっていうその哲学者的な立場もわかるし、医者としてその心がその物質として見てみたいなので、解剖してみるっていうのも何か初発の動機としてわからないでし救済しなければいけないっていうのも、なんか今の社会生きてて救済しなきゃなと思う。
だからやっぱり、心っていうのは重層的で多面的にいろんな問題にも問題になりうるみたいな
学生:やっぱりこの歴史の中でも重要な問題として扱われてきたってのはすごい納得だなみたいな
今そういう話なんですけど。今心を一気に引き受けてるのは割と心理学ですよね。
うん。
そのお医者さんがやろうとしてたことはある種認知心理学とかですね神経科学、の分野でやっぱりその、心って、いや要は脳のことじゃんじゃ脳のことを知ろうよみたいな、うん。
そういう問題意識に引き継がれてますよね。
うん。
その心がどこにあるのか知りたいっていうのは、今わりと効能の研究みたいな、うん感じになってるし、茂木健一郎さんクオリアのちょっと違うけど、あとは宗教家的な何だろう目標あるいは問題意識っていうのは、臨床心理学っていうとこに引き継がれていますよねつまり、目の前で苦しんでいる人のケアをするために心理学が知見を与えるっていうのは、ある宗教的な行為じゃないですか心を救うっていうので、宗教家の問題意識はその臨床心理学者に一部繋がっているだろうし。
うん。
哲学の問題ですね相変わらず今、心の哲学という分野が、あるのではい心の哲学っていうもうれっきとしたこの1分野があったりですね。
そういうので相変わらずそういう問題意識は続いていると。
いうので、何かこう、魂とかについて魂とか意識について考えてきた人々の問題意識はですね、何か全部心理学者がまとめて引き受けて何か心という一大産業を一点に引き受けてるっていうような感じになってるという。僕は心理学の専門家じゃないので、何かちょっと客観的に客観的でもないですけどちょっと外から見るとそういうようなことになっているのかなっていうふうに思ったりはしますね。
うん。
だからやっぱり心理学ってそれこそね、まさにそのさっき話してたような最初の話だったらDaiGoみたいな、うん。
そのまさにその人間の行動特性を把握して、何かコントロールする、コントロールするというかね、なんていうんすかね、人身掌握?そういうのもあるしっていうので、心がなんていうか私達はもう心が当たり前になった、その発明された19世紀発明された心が当たり前のものとしまったが故に、その心という意味は、多様な意味を持ち、いろんな領域で、その心理が問題になるわけです。
はあ。
面白いっすね。

心理学の中でも割れる「心のとらえかた」


そもそもそのこれまた心理学内部でも、心の捉え方ってことまたいろんな解釈があって例えば何かのね、例えば心は何かいろんな部分で構成されてるから要素に還元して、もう1回最後にがっちゃんこして足し合わせれば、何か全体がわかるっていう、その立場もありましたねいわゆる還元主義、構成主義って言われたりするようん立場もありますしいや、心って分割できない全体なんだっていうね。
そういうようには分析できないんだっていうある種のゲシュタルト心理学っていうあの分野もありますし心がどのように作用してどのような行動をもたらすのかみたいな、これ機能主義的な立場の人もいますしっていうので何かこう、いろんなそもそも心理学の中でも心に対するいろんな価値観があるって感じですよね。あとはねやっぱりデカルトとは違ってやっぱり心身が共にあって初めて意味を成すんだっていうのそういう心身一元論の人たちもいますし、もっと心って何かよくわかんないから感情をちゃんとし、その分析してみようとかっていう人たちももちろんいると思いますし。あるいは知覚っていう、ね、もっとこう意識、見るとか、その感覚で感じるっていうことにフォーカスを当てる人たちもいるし、なるほど。
いろんな試みる立場があるので、やっぱり心の問題は全く最後の最後まで話してきましたけど全く意味がわからないというチームは僕はあのね繰り返しになってもうくどいかもしれないすけど専門家でないので、うん。
ただね僕勉強する限りではそういうような形になっているのかなというふうに思ったりしますね。実際にやっぱり本屋さんとか行くとめっちゃ心理学の方も多いっすよねそうっすね。
イメージあります。
すごいそれこそアドラー心理学みたいなものからDAIGO的な自己啓発っぽいものなのであと、あとまた学術書的なところもあるし種類がまずあとはねやっぱりそのマーケティング的な行動経済学のビジネスランチとかですね、うん。
あのサブリミナル効果とかもしんないですけど、ああいうわかりやすい例だとそうですよね最近だと人々が行動しやすいような環境デザインするのが大事だとかねというUI・UX論にも心理学っていうのは、へえ、もちろん心理学の知見ですよね。
はい。
例えばあるいは、あるいはもっと言うとなんかどう言えば人は買いやすいのかとか、いや、例えばだから期間限定とかね、心理にテクニックでマーケティングするとか、そういうのもあるじゃないですか。
うん。
うんもう本当にもう何か何つうんだろうねあるいはねその自己啓発セミナーとか、うんそういうのもあるし、さっきも言ったのはその組織開発とかにも、その心理学の知見が使われてたりしますし、はいはいはい。

ヒッピー文化と心理学ー余談

面白いのはやっぱり結構これもこぼれ話になっちゃうんですけどヒッピー文化とかっていうのもかなり心理学と密接に結びついてるとこもある。
ていうのもですねやっぱ1950年代まずは戦後ですね。
戦後にあの心理学でクルトレヴィンとかレヴィンの壺っていうので有名なクルトレヴィンって方がいるんですけどそういうような人たちの知見をですね、組織開発に応用しようというような、つまりどういうことかって言ったらやっぱり我々も学校やってて別にね、高校に入るときにもう全く知らない人が一緒に集まるといろいろ問題が起こるから、そういう人たちとうまくやっていくためにはどうすればいいんだろうと心理学の知見使えるじゃん。
なるほど。
はい。
組織開発とかにも応用されていって、アメリカで主にその科学的な管理法っていうものが隆盛していたアメリカで心理学の知見っていち早く取り入れられて組織開発とか、チームマネジメントとかチームビルディングとかですねそういうものに、
応用されていくんですけどそれってなんか僕とかもよくオープンキャンパスとかで、それ知らない人いっぱい集めてみたいのはやるんですけどアイスブレイクする。そういうのとかそういうのとか、ああいうのも最初は対面で話すと緊張するから、うん、1回何かが喋りやすくなるよとかもうあれも心理学的な知見。あとはファシリテーターがいてとか心理的な安全性がある方が、話しやすいとかってもうこれ全部心理の問題じゃないですか。
なるほどそういう形でチームビルディングとかにも。面白いのはやっぱり当時ですね、自分を表現するのが苦手だっての今でも昔も多分変わらない問題なんすけどそういうときに演劇ワークショップみたいのやるっていう。すごい今っぽいそうそうぽいですね。
うん1950年代60年代ぐらいなっててですね東海岸のスクールと西海岸のスクールまさにヒップホップのニューヨークとか、カリフォルニアとかカリフォルニアと、やっぱりそのニューヨークでアメリカの二大巨頭でそれぞれやって、その開発、似たような手法が開発されてですね、その知見がこのヒッピーたちの、うん。
その集団形成にも流用されていくところもあったりするんですよつまりだからみんなであのすっぽんぽんになって手を繋いで車座になってね、もう自分の、だから何だろう弱い部分をさらけ出して連帯するっていうのも、これやっぱり心理学の知見でもある部分もあるので、うん。
今度はやっぱそのヒッピーが自分のセリフアイウェアネスっていうか自己啓発行っちゃうあれも一種の自己啓発なので、
その産業化後期の産業化が進んで、何かこう生きる意味を失っていた若者たちが多い。
あるいは若者だけじゃないですけどねあの生きる意味を感じるためにすっぽんぽんになって手を繋いで自分の思いの丈を等身大で語るっていう、はいあれこれなんか自己啓発セミナーって言ってない。
確かに、はい、うん。
日本だとねオウム真理教とか新宗教なんかそういうあれが流れてたりするので別に心理学が、その全部をなんだかそういうのに好影響を与えて、とかって話でもないですし別に自体悪い話じゃないんですけど、はい。
そういう形でもう無限ですよねやっぱり心があるところに心理学の知見ありというような形で人が集うところに心理学あり。という感じですねになってるわけですよ。
なるほど。
はい。
ということでなんかね、何か心理学とは何だって言ったら一番わかりやすい定義をやっぱりなんかこうねさっき何度も繰り返すような実験と観察をしてできる範囲で人間の行動の特性を、調べていくというか、理解していくっていうような学問で、決して何かこうね、あの、心理学の目的自体が何か嫌味になっている心理をえぐり出すみたいなそういう感じでは売らないっていうのだけは、共通しているのでそこだけあるんですけど実際に使われずっとしたら何かいろんなところで心理学の知見が流用されているっていうのが多分現状なんだと思います。ルークスのこのアカデミーではですね心理学についてもあの、
勉強した範囲で何かルークスでこういう話してますよっていうのでですね前なんか12回分ぐらいはそんな心理学のいろんな立場とか、考え方をシェアしていけたらなというふうに考えて、いますという感じですね。
はい。
そうですね。

まとめ・感想

はいどうですかねそろそろ時間も時間なので、まとめに入り結構ちょくちょくまとめてるんですけどまとめに入りたいんですけどなんか感想とかあったら、
学生:なんか最後にちょっと話しましたけど人が集えば心理学はあるという何かそういう話あるように意味でも悪い意味でも多分使いやすい学問の一つそうかもしれないですねそれを意図するにせよしないにせよ何かいつの間にか例えば何だろう、距離を詰めると話しやすくなるとか、はいその心理学的にこういう意味が知見があってって意味じゃなく自然とやるやつ、なんかそういうのを多分、何だろう。1個落とし込んだぐんが心理学とも言えると思うんですけどそういうところで一つ実践しやすいって意味で単純に面白いってのもありそうですしまたなんか途中で話も出た還元主義だったり、ゲシュタルト心理学だったり機能主義みたいなのそれぞれイデオロギー学んでいくことによってまた学びが深まりそうだなっていうので、面白そうだなみたいなこれ絶対学んでみたいなってちょっと思ってた。
なんか営業ぽくなってきた笑、なんかねそういう感じで一応心理学っていう枠組みなんですけど、あの精神分析とかもうちょっと触れるべきだと思うのでなるほど。
厳密ではないんですけど精神分析みたいなのを心理学という枠組みで、使っていきたいですし、ちょっとあの心の哲学みたいな話も厳密にいうと心理学ではないんですけども、あの心理学という枠組みで扱っていきたいと思っておりますし、結構ね、皆さん関心がある分野だと思うので人間関係で、ただ多分、その処方箋を与えるような話にはならないと思う。
何か考えるためにはなると思いますけど、あのこれをやればすぐこうなるみたいなことはないのねそれははい。
そういう感じのラジオ番組ではないのでですね、そこら辺だけはご留意していただいて、ぜひ今後も心理学のルークスアカデミーをですね、楽しんでいただければと思います。
ありがとうございました。