本記事は、ラジオ『【Loohcsアカデミー第7回】ー哲学とはどのような営みか』をもとに作成されています!またこの記事は、哲学に興味を持った中学生・高校生のみなさん、もう一度学び直したい社会人のみなさんを対象としています。それでは一緒に哲学とはなんなのかを考えていきましょう。
さて哲学というと何を思い浮かべるでしょう。哲学に関するものを少しでも読んだことある方は「カント」や「ニーチェ」といった哲学者の名前や「存在論」だとか「認識論」とか難しそうな言葉を思い浮かべるかもしれません。しかしそんな「哲学的な」言葉で何かがわかったためしがあったでしょうか。せいぜい、新たな語彙を獲ることくらいでしょう。ただ新しい語彙を得ただけでは、何も変わりません。実際のところ、「哲学は大事だ」とかいうくせに、当の哲学愛好家は難しい言葉だらけで聴き手を置き去りにすることが多いです。さらに学問の世界に少し足を踏み入れると、哲学はすべての学問の基礎だなんて偉ぶってます。では哲学はそういうおおみえきった連中なのでしょうか。
この記事で言いたいことは、哲学は実際に思われているよりたいしたことないということです。哲学より素晴らしいもの楽しいものはたくさんあります。しかし、哲学が「考え、話し、自分の認識の枠組みを超えていく」という営みだとしたら、それはそんじょそこらのケチな連中にはないところです。あるいはそういうところが哲学のお可笑しいところなのかもしれません。
さて、とはいいつつも、ソクラテスは無知の知を知らせることによって多くの人の自尊心を傷つけた罪で死刑になったし、ヒュームは「豚は毎日鐘が鳴ると餌をもらいにくる。ある日鐘がなると、屠殺場へ送られる。太陽が明日も東から昇るとは限らない。」とか変なこと言ってます。
でも彼らは、「私はファッションと星座占いとスイーツにしか興味がないの!!」と言っている女子大生とどこが違うのでしょうか。考え、会話し、そして考え、共有する行いは誰もがやっている行為です。
能書きはこのくらいにして、哲学とは何か、もっと具体的な話をしていきます。
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哲学(philosophy)とは知を愛すること
哲学は知を愛することです。これを呪文のように唱えていれば、一応哲学とは何かわかっていると言えるでしょう。しかしそれでは納得しない方もいらっしゃると思うので、語源から探っていきたいと思います。言葉の成り立ちから探ることはけっこう有効なアプローチなんです。
ー哲学(philosophy)の語源
哲学という言葉は少なくとも2000年以上前の古代ギリシャで使われ始めました。英語では哲学をphilosophy(フィロソフィー)と言います。これを明治時代に西周(にしあまね)という人が日本語に訳した時に初めて「哲学」という言葉が生まれました1。余談ですが中国語でも、「哲学」という漢字が使われています。興味ある方はアンヌ・チャン『中国思想史』を読んでみてください。
ーphilosophy(フィロソフィー)の意味とは何か
philosophyという言葉はphilo(フィロ)とsophy(ソフィー)の二つから成り立っています。philoは古代ギリシア語で愛するという動詞のphilein(フィレイン)からきています。同じように、sophyはsophya(ソフィア)という知を意味する名詞です。ということは、フィロソフィーは、ソフィア(知)をフィレインする(愛する)という意味になります。では知を愛するとはいったいどういうことなのでしょう。あるいはどういう人なんでしょう。
知を愛する人
哲学者とは
知を愛する。客観的に見て、こんなことを本気で言っていたらキモいです2。でももしかしたら哲学者とは、まわりにキモいと思われようが、「そんなの関係ない!!知を愛するんだ!!」ともがいている不器用だけどナイスなやつかもしれません。
とはいっても人それぞれです。具体的に知りたい方は、哲学者の人生を綴った本を実際に手に取って確認してみましょう。
- 『エリックホッファー自伝』
知を愛するってなんだ
ー知を愛することは会話をすること。
哲学者ソクラテスは、哲学の起源に当たる人です。彼は生涯に本を一冊も書きませんでした。ちなみに彼の存在は、彼の弟子が書いた本によって現代の私たちに知られています。
彼は町中の人に議論をふっかけて一生を過ごしました。善悪を法によって判断する裁判官に対して「善ってなに?悪ってなに?」と訪ねたり、道ゆく奥さんに「愛するってなに?なんで、そう言えるの?」とききまわっていました。近所の人からしたらものすごく迷惑ですし、不快です。そうして彼はさとりました。「わたしは、彼らと違って愛することや正義がなにかわからない。だが、それを知らないということを知っている」と。その結果、彼は処刑されます。無知の知を知らせることによって多くの人の自尊心を傷つけた罪により死刑になってしまったのです。
ー知を愛することは、人と人の関わり合いにある。だけど…
ここまでで、少なくとも知を愛することは、人と人の関わりにありそうです。つまり机に座って勉強しているだけでは知を愛しているとはならないです。しかし、話の種がないと話に花は咲きません。マスクを買いにいくためのマスクがないのと同じです。たとえ知を愛することは会話をすることだとしても、そのスタート地点には自分と向き合う必要があります。「汝自身を知れ」はこの状況で最適な言葉です。いろいろなやり方があると思いますが、ここではその方法のひとつとして本を読むことを紹介します。
本を読むことは自分を大切にすること
人と人の関わり合いの中でできるものとして文化があります。みなさんがよく知っている文化・カルチャー(Culture)という言葉は、もともとcultiver(読み:キュルティベ 意味:耕す)という言葉からきています。このcultiverは単体では、耕すを意味する動詞ですが、se culutiverという形になると自分自身を耕す、つまり教養を高めるという意味になります。実は教養を高めることと、文化は似た言葉です。
文化同様、知を愛するにはまずは自分自身を耕す必要があります。自分自身を耕す行為として読書が挙げられます。だから本を読み自分を知っていくことは、自分を大切にすることといえます。
ー本を読むことは自分を傷つけること
本を読むことは自分を耕すこと同時に、自分を傷つけることでもあります。自分を傷つけるというのは、自分がそれまで信じていたものに裏切られ傷つくという意味です。今まで知らなかったことに出会いショックを受け考えることは読書に特有の体験です。実生活では知らない方が幸せなことは多々あります。しかし、傷つくと知りながらあえてそれに目を向ける行為が読書です。それは、知らないことは不自由で不幸だという価値観があります。現実の価値観、すなわち知らない方が幸せだという価値観とは逆転していますね。
ー本は時空間を超えて人と人を結びつける
ドラえもんの世界にはタイムマシンがあります。でも現実にタイムマシンはありません。時空間を越えるものは今のところあり得ない存在です。
しかし「本」はどうでしょう。ただの紙だといえばそれまでですが、本は時空間を超えて人と人を結びつけるものだと考えることもできます。例えば2000年前のギリシャにいた人と、都心の大学に通学するスイーツとK-popにしか興味のない文学部の女子大生が蔦屋書店で出会います。袖振り合うも多少の縁というわけです。
さらに孤独な人にはときには助けになることもあるのです。例えば、腹を割って話せる友だちがいない場合、本は助けになるのです。実際は、腹を割って話せる友達が”まだ”いないだけなのですが、時としてそれに悩む人もいます。生まれて数十年の間で、自分と近い考えを持つ人と出会えなくても、2000年のスパンでだったら出会えるかもしれません。
知を愛する人は傷ついた存在
人が成長するときのひとつに「傷ついたとき」というのが考えられます。映画・ドラマ、漫画ではよくある物語です。傷つくことが悪いことばかりではないといえます。
例えば人が成長することを植物が成長することに重ね合わせてみるとより傷つくことが悪いことではないとわかります。鉢植えで植物を育ててみるとわかりますが、植物が元気になるためにいちばん必要なことは栄養価の高い土壌があることです。栄養価の高い土は、肥料と呼ばれ、動植物の死骸が微生物(分解者)によって発酵したものです。つまり知を愛していく過程で捨てた、自己の思い込みや認識が、ここでいう動植物の死骸にあたります。知を愛する存在は、傷ついた存在なのかもしれません。しかし同時に、多面的に物事を観る、やさしい存在かもしれません。大きな花を心に咲かせるにはそれ相応の対価が必要です。
哲学は遊び
とはいっても、もう一度確認しますが、しょせん哲学です。楽しいことはほかにもたくさんあります。楽しいことのひとつに哲学があるだけで、哲学のなかにのみ楽しみがあるわけではありません。哲学について多くを知っているからといって偉くないことは自明です。自分の固定観念を破壊することを代償に、新しい考え方を得てしゃべりまくる遊びです。
いずれにしろ、知を愛することは、傷つきながらも前向きに進んでいくことといえます。
哲学に関する本、オススメ書籍
国内外問わずエッセイを読んでみることをおすすめします。様々な考え方に手軽に触れることが可能な点は、学問的な哲学書にはないエッセイならではの強みです。
哲学の歴史について
・『世界哲学史』ちくま新書
哲学の解説書について
よく哲学書は原著で読むことが正しいと言われます。確かに、原著を読んでから解説書を読むと物足りないです。しかし、難解な哲学書は読み始めた読者を1分たたずに眠らせ、結果三日後にはそこらへんに捨てられます。これが現実です。フレキシブルに原著と解説書の二刀流をおすすめします。その上で自分だけのオリジナルな読み方を探ってみましょう。
分析哲学 読書案内
- 『科学哲学への招待』野家啓一 ちくま学芸文庫
法哲学
- 『法哲学入門』長尾龍一
生命の哲学
- 『生まれてこなかった方がよかったのか?ーー生命の哲学へ!』森岡正博
プラグマティズム
- 『希望の思想 プラグマティズム入門』大賀祐樹
社会哲学
- 『現代という時代の気質』エリック・ホッファー
この記事の参考図書
・『反哲学入門』木田元
・『イデーの鏡』ミッシェル・トゥルニエ
・『偽善のトリセツ 反倫理学講座 』河出文庫 パオロ・マッツァリーノ
・『知能の物語』中島秀之
・『学問はおもしろい―“知の人生”へどう出発したか 』講談社選書メチエ
・『モダンガール論』文春文庫 斎藤美奈子
・『わかりあえないことから』平田オリザ
・『メタ・フィジカルパンチ』池田晶子
・『教養の書』戸田山和久
哲学に関連する施設やサイト
日本哲学会:https://philosophy-japan.org/
日本科学哲学会:http://pssj.info/
早稲田ウィークリー「哲学とは何か」:https://www.waseda.jp/inst/weekly/news/2020/08/04/76922/
三田哲学会所属専攻・分野別 文献案内:http://mitatetsu.keio.ac.jp/literature.html