【Loohcsアカデミー第8回】美学①ー美・芸術・感性の三位一体

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美学ってなんだろう・美しさってなに

こちらの記事ではラジオに関連する周辺事項(おすすめの本、Q&A)も併せて紹介しています。もしよろしければ、ご一緒にどうぞ!

文字起こしです


はいLoohcsアカデミー通称Lの時間です。
Loohcsアカデミーはですねルークス高等学院やルークス志塾で日頃やっている講座を皆さんにもご共有という趣旨の番組でございます。
ということですねルークス高等学院で今回はルークス高等学院の方からお伝えしていきたいんですけども、スピーカーですね、Loohcs者取り締まり、ルークス高等学院の教員もやってます谷口2とルークス高等学院学生かずひろと学生のりおんです。
はいというお願いします。
ということでもう何かね、おなじみ感がまた出てきてしまいましたけど、いつめんってやつっすね実はこれ今日4本目というふうなですね、のってきてますね。
その前にね、あのこれの前にクラシック音楽の話をしてたりしたので。
はい。
その流れで、あの美学っていうことでやっていきたいんですけどももしね、ご関心ある方はLトーク。
俺たち私達の音楽クラシックを語るっていうね、番組を見てほしいんですけども、ということで今回は美学、美しい学と書いて、美学でございます。
はい。
はい。

美学にどういうイメージを持つ?


教員:どういう印象ですか。

学生:僕からするとうん、学問のイメージがなくて、その男の美学みたいはいはい。
落合の美学とか、なるほどね。
イチローの美学みたいな何かそういう、何か学ぶものじゃない。
なんか人の美的感覚みたいなものだったりそのルーティンワークみたいなものを指す言葉みたいなイメージなので、なるほど。
Lアカで扱ってると思うと結構不思議な、なるほどね、男の美学とか書くときの男は漢字の漢と書いておとことよむ。
うん。
なんかもう人生の美学とかねそういう何かそういう感じで使ってこと多いですけど、あのの印象ってどんな感じなんすかな落合の美学、落合博満ですよ落合博満野球がわかんない方はググッていただいて落合博満というあのね、非常に三冠王3度でしたっけ。
っていうもう天才的なバッターでですね、中日のね中日監督としてももう天才的な手腕を発揮したってことで、オレ流ですねなんかオレ流みたいなと美学が結びつけられる何か、そういうイメージありますよね。
他は何か、どういうそこで美学って何なんですかね。
なんか、自己流みたいな自分だけの。
すごい鋭いですね。
はい。
自己流みたいな、はあ、なるほど。オレ流まさにねまさに、何かこう流派を作ってる感じそうそう他人に回収されずにへえ、イメージなるほど。
じゃありおんちゃんはどうでしょうか。私はなんか近いですけれどもその何かを極め、極めた先に自分で獲得した形式とか、なるほど。そう何か振る舞いとか思想とかそういうものなのかなというふうに。なるほどなんかもうほとんど、今日話すこと終わっちゃったなって感じ。じゃさよならというでも4本目だから、これで終わりにしますか、もう三、四分しかたってないと思って。すごいですね。
まあねそうなんすか。
なんか自分で作った流派みたいな。そういうでも確かにそうかもしんないっすね何とかの美学とかね。
なんかりおんちゃんだと美学っていうと枕詞なにが思い浮かぶんですか。
へえ。
特にない。前川の美学ってあるんですか。美学なんでしょう。
それこそ何、私の軸みたいなことですよね。いやでもやっぱりその言葉遣いはよくありたいなとか。ラムネをいっぱい食べるとか、そう勉強する前にはラムネをいっぱい食べるとかねそういうのはありますねと前川リオンの美学やですね石井和宏の美学は何かあるんすか。
俺なんだろうな。
オレ流。
オレ流すねなんかとにかく人前にいるとき明るくいよう。なるほど美学ですね。そう、楽しくやろうよってどんなときも人前にいるときは楽しく。家に帰ってる姿を想像しやすいんですけど置いて人前にいるときいね、僕は美学をね。なるほどね。
はい。
人前の美学みたいな。社交の美学みたいっすよねうん。
なるほど。
ファッションとかとか。何かファッションもね美学ね。
なんか美学がね。そのファッションとかその芸能人とかでこの人美学あるなみたいな人を思い付いたりします。ココシャネルとか。そっちね。ココシャネルは確かにそれはそうかもしれない。それはなんか、なんていうのはその黒いスーツを初めて作ったみたいな感じで、それは、今までのその女性のあり方を変えるっていう一つの思想のもとに生まれたみたいな、そういう美学っていうのをイメージするかもしれないですねうん。
なるほどねやっぱりキムタクっすよねキムタクねはい。
そうなるとやっぱバーガーもキムタク流の持ち方だし。確かに、確かにキムタク流みたいなのね、結構ねやっぱ「ちょ待てよ」みたいなそうそう含めて何かキム拓の立ち振る舞いって、なんかよくわかんないけどみんな真似しちゃうみたいな、うん。
あと昔だと高倉健とかねか勝新とか菅原文太とかはいは美学がある俳優だと、やっぱおじさんだと未だに僕ね、川崎とか住んでるんですけど、いまだにそれを真似してんだろうなっていう。菅原文太そうそうであのワンピースとかじゃねもうねモデルになりますからねやっぱりね、うん。
ああいう人たちは田中邦衛とかもそうなんですけど。モデルになっちゃうのは美学があるっていうことになるっすよね。うん黄猿ね黄猿。
であれか。
青キジが松田優作で赤犬が菅原文太で藤虎が勝新太郎はい、座頭市のね、じゃあ次緑牛は誰なんだろう。
うん。
美学がありそうな俳優さんが多分きっと選ばれるそう感じなんでしょうけどね。もじゃもじゃ頭な感じがするの誰なんだろうですけど。
はいそんな感じで美学というねなんかこうね、なんか結構シンクったったような多分コメントだったと思うんですけど、なんかそうちょっとそれはね、おいおい話していくことになると思うんですけど。

美学は美と芸術と感性を組み合わせて作られたー論理で表すことができない

比較的新しい学問


ということで美学どういう学問なのかっていうと、結構最近の学問なんですよ。最近って言っても、もう3世紀前とかになるんで、学問にからしたら結構最近なんですよね。
うん。で、あの美学は比較的最新の学問でございましてですね18世紀ぐらいに作られたと。
バウムカルデンっていう人がですね、創始したというふうに言われているんですけども、うん。
ここで面白いのがですね、美しいっていうものと、芸術とあの感性ですね。
あの感じるに性格って書いて感性のこの三つを組み合わせて、美学という学問を作ったわけです、はいと言われてもピンとこないと思うんですけど。

美のイメージ

  • 唯一性
  • 均整がとれた


まず美って何でしょうね。
美って何だと思います。美って何。美しいと思うものとかありますなんかこれ難しいなって。
美しいなあ、やっぱ何だろう、月とか。そっち。月は美しいですかねなんか告白じゃない告白ですねはい綺麗ですねみたいな日本人はアイラブユー月は綺麗ですねと、こう訳すべき訳すんだと夏目漱石が言ったとか言わないとか、うん。
それこそ夏目漱石の美学みたいなあ。
なるほどね。
月のどこが美しいと思いますか。
何だろう。
それは多分もちろんそのなんていうの光輝いているから。そういう明るさ、うん。
その夜、まっ暗い中でただ明るいものが空に一つしかないっていう、その明るさとか唯一性。なるほど。もあるのかな。なるほど何かありすごい何か深そうなこと。深いんですけどね多分ね。
何かこういうこと言われた後、何か言うのすごいなんかあれなんですけどねぜひぜひ。
やっぱ白石麻衣とか。白石麻衣ちゃん。元乃木坂46の白石麻衣ちゃんなんか美ですよね。聖母とか言いますよね。聖母はあの深川麻衣ちゃん。まいまいとまいちゃんを区別するってのはあるんですけども、そうです。
そうですか。
いやどこが綺麗美しいと思うんです。やっぱもちろんね、お顔も美しいですけど、すき通るような白い肌、小さい顔に綺麗なスタイルもいい。やっぱ愛嬌もあって、やっぱり美ですよね。
なるほど。
へえ、すごい触り難い美。触り難さがある。なるほどね確かになんかそういうふうに言われたりもしますよね何か月もそうじゃないすか、触れられないじゃん月もね、恐れ多い。
ちょっと恐怖と紙一重なところありそうな、なんかすごい感性が鋭いな感じがしますね。Loohcs生なんで笑。Loohcs生は感性が鋭い感受性が鋭い子が集まってるというふうに言われてますけどもなるほどね。
はい。
結構やっぱりバウムガルデンが美とかって、なかなか言語化しづらい。なんで美しいのって言われたときに。何がって言って結構難しいっすよね。そんときに結構やっぱりみんな使うのはね今2人ともね、なんかこう、光り輝く感じとか、うん。透き通った感じとか、うん。なんか美しさって輝きみたいなとこ結構ね、連動することもありますよね。
うん。
それこそ宝石とか。
宝石とかね。うん何かそういうものが美しいものとこうね、論じられたり、してるんですけども、うん。
こういうものをですね。こういう美があると。まず一つ目、こういう美がありました。こんど芸術があるんと考えました。芸術どういうイメージなんですか今度、芸術、アートとか、結構最近言われるじゃないすか。
アート思考が。それこそね、アートが大事だっていうふうに言われてますけど、うん。
芸術と言ったら真っ先に思い浮かべます。
なんか絵画とかですよね。
絵画とかでその美を表現するものとして、芸術がある彫刻とか彫刻とかだと、すごいわかりやすいですけど。
なるほどね。
どういう作品が美しいんですかね。今度は。
それこそ何て言うの様式美だったり形式美だったり、黄金比が取れているその作品は美しいと言われるのかな、調和があるとかね、均整がとれてるかね。
そうそうそれこそシンメトリーすよね。シンメトリーとかねなんか西洋の美はシンメトリーだとかね。
あのフランス式の庭園はこっちとこっちが対照的だった。
っていう話じゃないかなと思いますけど。
なるほどね。
じゃあなんか結構美って均整がとれたものなんだとかそれを表現するのが芸術なんだとかそういう話もあったりするんですけどね。

芸術のイメージ

  • 苦しみの果てに
  • 0から1を生み出す


今度この芸術、あれじゃ芸術家って誰が思いつけます。岡本太郎
爆発だと、はい、藤田嗣治レオナールフジタっていうあのですね。岡本太郎は有名ですけどね藤田さんねあの映画になったんすよね、5年前ぐらいとかですね、フジタっていうね、フランスで死んだんですね。
はい。
何かあのレオナール藤田って洗礼名もらって、あのフランスで生涯を閉じたっていうあの有名な画家がいるんですかな、そうですか。ダビンチとか、ダ・ヴィンチたかもね何か芸術家のイメージってどんな感じですか。
自分が表現したいものをただただ何かの作品に表すみたいな。自己表現をする人たち、その何のためにとかじゃなくて。ではなくて。美のためにじゃない。しいていうなら美のためにだったんですね。
はあはあ。
美の啓示があってみたいな啓示があって私はただただそれを筆にしただけだみたいな。どうですかやっぱりそうですよね。
やっぱ、何だっけ芸術家というとどういうイメージ。「か」みたいな感じでずっと何か何か思いつめてはい何か一心に苦しんではいなんかそれをなんか、なんか出し切って美に昇華する。
なるほどね。
はい、うん、そういうイメージあります。
なるほどね何かこう苦しむ人みたいな、うん。苦しんで苦しんで苦悩の果てに何か表現する人みたいな。なるほど、爆発、なるほど、という芸術のイメージがかたやあって、はい、うん。

感性のイメージ

  • 受け止める力


次が感性なんですけど。
感性って字がね、うん感じる性質のせいですけど、うん、という例というと、
なんかすごく個人に焦点を当ててる言葉な気がしますね。
それこそ感性は人それぞれとか。人によって違うってとか。言葉で使われるかなっていうふうに思うので、何だろう。その人だけが感じる、何か。性質だったり。
なるほどね。要素っていうものなのかなっていうふうに私は思います。
どうですか。
なんか感受性に近いのかな感受性とかね、なんかその何か見て受け止める力だったりその美を受け取れる力だったり。なるほどね。ところじゃないかなと思います。なるほどやっぱりなんかこう、個人の感受性みたいな方、なるほど。
いやなんかこうね、かなり芯をくった発言きてこれ全然打ち合わせしてないので、本当になんかもう終わっちゃったなって感じなんですけど。
ていうですねですね。この三つを組み合わせて美学というものですね考えたわけですよ簡単に言ってしまうと。すげえ簡単に言ってしまうとですね、美というものをやっぱり論理では捉えられない感性で捉えられるものだと。というので美と感性が結びつくし、うん感性で捉えたものを表現するの芸術であって。これで美と感性と芸術が結びついていくと。
うん。
学問ってやっぱり論理の方がメインになるじゃないすか。
そうですね。
つまり論理で、言葉で正しくを把握できるもの。例えば何かだった前川リオンは人間である。人間であるものは必ず死ぬ。よって必ず死ぬとか、何か不吉な例になっちゃう。あのそういうそういうのを論理で捉えて、論理的に正しいこととかを突き詰めていくと、というのが学問の基本的なお作法じゃないですか。
はい。
だから論理は頭で考えるものなんだと。ですねそういうのじゃなくて心、からだね、身体とらえるもの、うん、感性ですよね。おっしゃったようにそれが美というものもある種、感性的な対象なんだ。美しいものって何かここ頭で考えるよりは、感じるものなんだと。うんそういうふうにですね、考えてさらにそれを表現できるのが芸術の役割なんだみたいなそういうので芸術と美と感性をゴチャっと合わせて、美学という新しい学問を打ち立てたというわけなんですけどうん。

美とは

美学は訳すとエステ


美学ですね。
実はですね、訳すとですねエステと同じなんですね。
へえ。
もう、うん。
訳すとじゃない元に英語はエステテックっていうですね、エステと同じなんです。
エステ行ったことはないです。
いやでも最近ね男のエステも全然やってますから。
どうですか、行ったことあります?
エステはないですね私は。いやだからエステってやっぱ美しくなる、しかも感じるものですよね。まさにあのだから美学ってなんか直訳的に訳すと感性の学問みたいな。
エステってそういう意味があるんですよね。
だからエステティックっていうので美しいってなるので美しいというイメージと、こうね体が美しくなるというイメージ重ね合わさってエステとかね、行ったりするわけですけど、うん。
だから実はそういう面白い。繋がりがあって。私達も日頃、「エステ、エステ」ってときも「美学、美学」って言ってるよっていうので、なんかそうなってくるとなんか、落合博満の美学みたいな、なんかちょっと遠い気がするんです。
うん。
実はこれ、結構一致してるんだというふうに考えた。いうわけなんですけども。美と芸術と感性って三つのキーワードが出てきたんで、うん。この話それぞれ何かこう話していきたいと思うんですけど、まずまた美しさってことですね。
さっき月とか白石麻衣とかあげてくれたと思うんですけどそんときになんか何だろう。
唯一性とか、何かこうバランスが取れてる感じとかそういう話してしましたよね。
はい。
だからその美ってまさにそういうことなんですよ。だから完全性とかねだからもう例えば、何だろう完璧なスタイルとかって美しいとか、完璧なまるって美しいとかさ、うん、うん、なんだなと、何かありますそういう観点で、完璧なお城みたいな。完璧なお城美しいとかね、姫路城は完璧で美しいとかさ。
うん。
月もね、夜空に唯一浮かぶ。なんか唯一じゃない星がいっぱいあるけども最も光り輝いていると。目を引いて、うんまるで特に満月がね美しいというふうに多分言われることも多いと思うんですけど、うん。
何かそういう意味で完璧とかね、完全性とかね。そういうものを表すものだというふうに捉えられてきたわけです。

「美」の語源ー大きい羊

語源をね探ってみると面白いんですよ。漢字文化圏ではですね、美ってどうやって書けますか。
羊に大きい。
そうです。まさにだから羊が大きいことなんですよ。大きい羊なんですよ。でですね、これ神に捧げる羊が大きい。そういう語源があるという説が。わかんないっすよ実際のところ。だって、わかんないので、作った人はもうね、死人に口なしなのでただ言われたような羊に大きいってことで、あの神に捧げる羊が大きいと、そういう意味があると言われていて、だからこそ。このつまり神に捧げるものは最も大きいものでなければならないっていう、そういうので美しいっていうふうな意味になったりですね、はい。
これこれまた面白いんですよ。ラテン語でもですね、羊はですね、神に捧げる羊に欠陥がないとかね。だから羊なんですやっぱり、なんか完璧な羊を捧げるっていう。っていう意味が、へえばっかり、いや僕もへえって思ったんですよ。
調べたときへえと思って。いやだから、多分、神に捧げるって手もあると思うんですけど多分ですけどね。僕の完全な推測なんですけど、やっぱり一番大きい羊とかも全く欠陥がない羊とかを、うん、神に捧げないと何かこう争いになっちゃうんじゃないかなっていう。
うん。
そうか、だからこの大きい羊を持った人なんかさ、権力者みたいな感じになったりするじゃないすか。だからそういうのを防ぐために一番上等のものは神に捧げる。
でもそれ日本でもあるじゃないですか。
上等のお米とか上等の酒とかはまず神に捧げるみたいな。似たような文化が風習があったりするので、いやこれ多分何かこう捧げられた人がその強大な権力者にならないためなんじゃないかなとかね。
なるほど。
と思ったんですよそれだけなんですけどね。
はい。
はい。
ていうことですね。ただギリシャ語だと単純にあの立派とか良いとかっていう意味になったりするみたいなんで。だからそのそういう意味でもう語源をたどっても、もちろん多分諸説あると思うんですよだからこれが全てではないと思うんすけども調べた範囲中では、こういうこと言われていて、うん、うん、何か美しいものって、もう書けることがないものなんですよね、多分。
うん。
だから均整が取れたとか、うん。
非の打ち所がないとか、うん、調和しているとか、な黄金比とかもそうなんでしょうねきっとね。
うん、調和しているみたい。
そういう感覚が人間にはあって最も大きいもの立派なものが美しいだというふうに言われているのですね。美を巡ってはやっぱりここにパワーが発生するわけですよ
なるほどクレオパトラみたいなそうだから美は力なりなんですし、はい。
いやだからやっぱり美は良きものであって、美は神がかったものであって、美は偉大なるものであって、美は力なんですよ。なんかそういうねだからどっちにしたってどっちにしたってっていうかね、やっぱり何か白石麻衣はなんか美貌でね。その何だろう、オタクというかファンたちを動員することができますし。月はその美しさが故に人をして、月に行きたいなと思わせたり、
月を美しく描こうというふうにさせたいっすね、やっぱり美しいものには何らかの引力がねもちろん何かこんなこと言ったらあれなんかもしんないすけどやっぱり美しい人とかっこいい人にはやっぱり人が寄ってきたりは、しますよね。
もちろん美だけが基準、美には複数の基準もあるし、こうね唯一の美だけがこうね、基準になるとは思わないですけどやっぱりある種の美には人が寄ってくる、あるいはものがやってくる。ココシャネルの美学には、やっぱりそれに共感する人たちが寄ってくるし。
うん、落合博満の美学にはやっぱり落合、落合はファンが多いっすよね、特にこの監督っとしてもね。
うん。
その打撃理論とか育成理論とかで、やっぱりファン多いじゃないですか。ノムさんとかね、誰も何かしら美があって、人々が良いひきつけ寄せ、引き寄せられてるとイチローとかも、はいっていうので。中国でもやっぱりね絶世の美女は国を傾けたり大きく荒らしたりしますし。
はい。
クレオパトラもね、うん、はい、そんなことは言われてやっぱり美にはある種の魔力が、うん、あるんだっていうのは昔からこう言われてくるので、やっぱりね、着飾ることも一つですよね。やっぱ自分を大きく見せたり、自分を良く見せるためにはファッションをするとか、うん、うん。ファッションなんて自分に合ったファッションって、大きく見せるってこともあるでしょうし。
うん。
テレビに出る人はみんなね、メイクアップをしてで出て、うん、うんテレビに人前に出ても恥ずかしくないというか人を惹きつけるよ。
うん。
芸能人とかそうかもしれないですけど。
やっぱり美っていうものは力なんだということが、こう言われているわけですよ。
うん、どうですかこれ、この考えというかこの発想。
でも、なんだろう美を身にまとうような、何か要素もあるのかなと思って、それこそ芸能人がその着飾るっていうのも一つ、美しさをその身にまとって、なんていうのを表舞台に立つっていう、なんかそういうこともあるのかなあと思ったり。
しましたね。
うん。
やっぱ、うん。
美は罪深いですね。美しい人に苦しめられたことが、ファム・ファタール(運命の女)とかねそうっすねもうこれはもう男性中心目線になってしまうんですけどあのね。運命の女性とか訳されたりしてね。
うんやっぱり美しい女性が男の人生狂わすこともやっぱり言われたりするんで、やっぱり美は怖いというね、なんかそういう偉大なんですよね、やっぱり何か欠けたものがないとかね。畏怖を感じるとか、そういうそうなんですよねまさに美は畏怖を感じるので、自然に美を見出したりするときは、そういうふうな観点から論じられたりするわけですよ。崇高性とかね、偉大さとかね、そういうものと絡んで美っていうのは、語られてきたという歴史があります。

芸術とは

芸術とは技術


でですね次の要素である芸術についてですけど、芸術ってアートですよね。
アートはギリシャ語でテクネーというんですけどテクネーという言葉から何か想像する単語ありますか。
テクノロジー。テクノロジー技術みたいなテクニックとかねそういう意味があるんでアートも元々技術って意味なんですよ。
へえ。
だから変わらないんですよねだからね、何かテクニックと、うん。
ある意味で職人と芸術家は変わらない。
そうなんですよ。
へえ。元はね、それがどんどん分離してくんすよ。

芸術家と職人ー元々は一緒だった


それもバウムガルデンが、それ以降の美学とか芸術学の発展と共に、芸術家と職人がどんどんどんどん区別していくわけですよ。
今、職人って言ったら、職人と芸術家どういう違いがあると思います。逆に今、職人って言ったら職人はその受け継がれてきた技を体得している人ってなるほどね。
自己を出すんじゃなくて、なるほどね、受け継がれてきた技を出す人なるほどなるほどっていうイメージで芸術家は、芸術家はその位さっきいったように自己表現を表現する内面の美を表現しまさにそういう感じでわかれていくんですよね。
確かに職人って別にオリジナリティとかじゃなくて、うん。
文化の継承とかね、まさに何かただただ作る人なんですよ。
うん。
芸術家ってのなんか0から1を創造するみたいなうんそういうニュアンスになってくるんですよね。
うんだから芸術家は天才だみたいなことを言われたりするようになってくるわけですはい。
天才としての芸術家っていうのが出てくるわけですけどこれやっぱり近代17世紀から18世紀以降の展開なんですよ。
それまではアートってただただの技術って言ったらあれですけど、そのテクネー、テクノロジーとかそういう意味と変わらないで、何か物を作る人、はARTISANって呼ばれたりするわけですね。
うん。
だから全然ARTISANは職人というのと全く同義語で使われていたと。
うん。
いうのが芸術という意味でございましてですね。そういう意味で作ることあるいは作られたものに関する知識とかスキルのことを総称して、アートって言ってたよですね。なので、あのリベラルアーツのあれもね、あの技術って意味ですかね。

自由人のための技術


自由人のための技術というのでリベラルアーツというふうに言われていたわけですけどね。というので、ある時期からやっぱり芸術というものはオリジナルなそしてその自ら美を生み出せるような、そういう天才的な所業なんだ。
うん。
岡本太郎とかもなんか天才っぽいっすよね。そうです藤田とかも天才っぽいし。三島もね、ダ・ヴィンチね、なんか天才じゃないすか。ベートーヴェンとかね。うんもうその芸術家は天才なんだっていうね、あのふうに言われてきたの。が最近だということで、芸術っていうのはそういうニュアンスに意味合いが変わってきた。
でも結構やっぱり個人的すげえ面白いなと思ったんすよ。
最初に知ったときに、うんだって多分その技術と変わらないわけじゃないすか。日常にもいろんな芸術家がいるってことですよね。でもそれは私達も職人さんとか言ったりするわけなんで、芸術家って言ったらなんか私達が雲の上の何か存在で、うん。
うん。
ていう何か概念を区別を一旦何かこうならしてくれたので、なんかこれ初めて知ったときは、うん、面白かったなっていうふうに思ったんですよ。

感性とは


今度はですね感性ってことですけどね。
はい。
感性これもさっきも話しましたやっぱ論理と区別されるものであって、あとは言語化しづらいものも、感性的なもので感じるものなんですよ。
なんか風呂入って気持ちいいなとか、うん。
何か食べ物って、
美味しいなとか、五感が感じるものですね。特にその味覚はそうだと思うんすけど、味覚って表現する難しくないすか。
そうしかですね共有できないっすよね。そう共有できないじゃない。見てでも見て美味しいよ食べて美味しいよとか言えるか、うん。でもなんか結構難しいですよね。味覚って一番表現するの難しいと思うんですよ。
僕ね何度もね君たちの話で美味しいんぼをもういいよっていう。私もが好きで見てるやっぱおいしんぼもね、はな、なんと芳醇で鮮烈な、それでいてみたいなバリエーション少ないんすよ。
定型文。食レポとかそんな感じで育った食レポとかも、これ一番AIが学習できそうだ。
確かにしかもねワインのソムリエとかになるとね、なんかなんか何とかの風が何とかでみたい。普通のね芸能人の食レポだとなんか目を閉じて柔らかいとか言うけど、そうそう柔らかくて美味しい。こうだからもうなんかこう、顔とか表現がいつも他のボディランゲージ表現するしかないじゃないですか。だからもう味覚って一番難しいなと思ったりするんですけど、確かに。だからそういう何か何か言葉で説明し難い。とか論理でこう捉えづらいものを捉えるのが、感性。まさに美味しいものとか、気持ちいいものとか。すごいものとか、そういうのって、もう何かね、言葉を超えるじゃないすか。言葉にならない。言葉になるそうそう、言葉にならないオフコース。言葉にならない。
だから例えば何かこうね、何だろう、いや、凄いや、何が凄、いやとにかくすごいですね。
とかね。
うん。
いやまだあるいは何か愛のささやきとかもそうなのかもしれないですね。好きの他に何か表現がしづらいとか、好き以上の言葉は見つからないとかね。何かそういうようなものとやっぱり無感を捉えるのが感性なんだというふうにですね。言ったのでだから美しいものというものは、やっぱり美しいって言ったときにここでその見た目が綺麗とかじゃなくて、その良さとか立派さとか偉大さとかも全部含まれてるんで。
うん。

美学の創始者バウムガルデン


うんそういうものを捉えるのが感性なんだと。いうふうにしてこの感性・美・芸術というこの三つの関係を組み合わせた。
ていうのがバウムガルデンの成果だったわけなんですよっていうので、美学って話戻ってくるんですけど美学はこの三つを対象にする、あるいは三つの絡まりを対象にするっていう学問なんですけど、うん。
だからそういう意味ではやっぱり芸術家とかね、さっきも言った天才みたいなってくるし、感性って言ったら、感性でうまく表現できる人はそれでそれですごいんですよね批評家みたいうん。
はあ。
だからなから彦摩呂のレポートの方がすごいみたいな。なんかなんか何とかの宝石箱や後追いだなんかあの石塚石ちゃんが食べるとなんかおいしそうに見える。
そんな感性的な表現が上手とかね。
うんなんかそういう感じであの今でも多分組み合わさってると思うんですよ。
ていうのがあの美学の対象でそういう形でもうなんか本当に何かもう僕たちはそういうその三つが組み合わさったことが当たり前の世界で生きてるんですけど、それまではやっぱ全然違うもの。
ね、芸術家は職人だしみたい。
うん。
美っていうのはなんかこうね、偉大さだしとか、それが結びついたところに18世紀以降の面白いところがあるしそれ以降やっぱり芸術家天才なんだっていう話とかもどんどんどんどん増えていくわけですよ。
だからなんかこれを話したことあるけど、あのね、ベートーベンとかの描かれ方が悪いとか。ベートーベンってなんかこう、音楽室んで見るとなんかこうね、そういう深刻な顔をして、ちょっと画格が斜めにが通ってて、眉間に皺寄せてムッとしているっていうなんかね、すごいなんかこうさ、光と苦労が闇がうん。
ね、こう対照的に抱えて、あんなんですけど、それ以前のベートーベンってなんか普通にどこでもいいそのおじさんみたいな顔をしてたり、ってそういう意味でやっぱり感覚が変われば、美、その芸術家というものが天才っぽくなるみたいな。
印象付けられた天才みたいなの感覚。っていうのが美にもなり得るということですか。なんだろう、そのベートーヴェンの例で言うと、そういうなんて眉間にしわを寄せて、ちょっとなんか怖い。
おじいさんみたいな感じが芸術家だと思ってるけどそれってある意味そういうふうであるっていう風な感じでその描かれて印象付けられてるじゃない。そういうふうに何かその芸術家家のその見方っていうのは、やっぱり何か時代とかでかなりかなり変わるんだな。なんか変わったんですよ。
うん。
うんやっぱり芸術家ってのは何度も言うような0から1を作り出せる人、ゼロイチを作り出せるのが芸術家だって、凡人はだからね、うん。
落合流とかって作られる作ることができるのはまさに落合は芸術家なんですよ。落合には人が集まってくるわけですよなぜなら、落合が新しい流派を作ったからだとうん。
なんか冒頭でもほとんどもう、今日の話終わっちゃったみたいな感じになってしまったんですよね。
だからでも岡本太郎とかどうなんすかね。だから影響を与えることができる人は結構すべからく芸術家っぽい役割を果たしてますよね。
ひろゆきひろどうなんすかね。ですけどでも確かYouTubeショートとかでね、ね、一つの形式を作ったじゃないすか。
うん。
だからりおんちゃんその最初の方で形式とか様式を作ることみたいな話をしてたけど、これ一つの形式作っても確かに、うん、なんだろう。芸術家の仕事なんだっていうふうに。我々一般的に捉えるので、そういう定義に合わせると芸術家と言えなくもないのかもしれん。
何か一つの流派作って形式を作って例えば何か、これってヒロユキっぽいよねとか、これと岡本太郎っぽいよねとか。なんかそういうぽさみたいなものを出せる人はこの芸術家だし、アート思考ちょっとよくわからないんで、あんまり突っ込んだ話したくないですけど、あとアート思考っていうと例えばだからそのね、何だろ、0から1を作り出せるというか、創造的な思考のこと、芸術家が物を作るような物作りをするときの思考を再現する思考のことをアート思考って言ったり、今多分してますよね。
アート思考どうですか。
私私ここご存知だったわけじゃないですか。
アート思考とか何かどこで知ったんです。
なんだっけ上野動物園でパンダの絵が、なんか描かれていて、何だっけなんだいや発展しなさそうな雰囲気がありました。大西琢磨ないがそうだ、上野動物園の壁に何か白黒のパンダの絵を書いたんですよ。
それは、なぜそのパンダをそこに書いたのかっていうと、そのパンダっていうものは、その上野動物園ではパンダが有名であるっていうのと、陰影を表すので、その白と黒を使ったその壁っていうところで書く場合。限られた色で表現した方がいつけやすいっていうのでその白と黒にしたっていう感じで、なんていうんだろう、その場所と対象を、何かその掛け合わせてそういった作品なるほどねっていうので、なんか覚えてたなるほどなるほど。
なんか補足というかアート思考、今ぱっと調べてみたんですけど、つまりアート思考ってなんだろう、こうなんだ、独自性とかオリジナリティのある発想や答えを導くのがアート思考です。とマイナビのですね、記事に書いてあったんですけど何かここにこう現れてるわけですよ、オリジナリティとか、そういう価値観がですね、うんその前にデザイン思考みたいのがあったと、デザイン思考って、ユーザーがどういうふうに物を使ってるかを徹底的に観察してユーザーが使いやすいような、例えばプロダクトを生み出すために必要なのがデザイン思考だみたいな、うんとか言われていた対して、それだとなんかどうしてもユーザーに引き寄せられて新しい発想が出てこないから、そのむしろユーザーじゃなくて作る側のオリジナリティ発揮しましょうねみたい。
でもそんなこと言われても何かオリジナリティをいきなり発揮できる人はいないので、そのためにその時参考になるのが、0から1を生み出すような、人なので、その後アーティストさんの発想を何だろう、もとにしましょうみたいなのが、どうやらアート思考という思考法でございございますようです。ございますようでございましてですね、つまりアートってやっぱそういうオリジナリティみたいなものと、かなりやっぱ密接に結びつけられて今でも論じられているというわけですよね。
ということで何かこう、とはいえですよ、本当はいいですよこれ現実的に考えると、アートとかって、実際いろんなものを参照したりするわけじゃないすか。
うん。
何かこうオリジナリティみたいなものと、どうなんすかね、何かアーティストって必ずしもオリジナリティを生み出す人なのかって言われると、どうなんだろうっていうふうに思ったりもするんですけど、例えば、レオナルド・ダ・ヴィンチさんとかでもですね、工房がやってるわけじゃないすか。
うん。
実際は共作なので、うん。
レオナルド・ダ・ヴィンチ工房が実際には作品を仕上げてるわけですけど、のでその頭領みたいな感じですよね。
親方みたいな。でもその後近代の枠組みではやっぱりその誰が作ったかみたいなのが大事になるので、うん。
そういうのでダ・ヴィンチの名しか残らなかったわけですけど、うん。
工房だったわけですよ元々、ってなるとでも実際今も多分そうじゃないですか。
例えば隈研吾さんとかね。建築家で、はい。隈研吾アトリエがあって、そこでみんな作ってるわけじゃないですか。と考えるとアートって集団的な実はあれで、必ずしも0、1を生み出すだけなのかと言われてそうでもなかったりしますよね。
うん。
合作みたいな、そうそう共作っていうのがね、今そういう問い直しとかも実際おこってますよね。
うん。
アートはアーティストのものだだのか。
それはやっぱりバウムガルデンが作ったその芸術アート。
芸術・美・完成のこの三つの結びつきがあるから、この芸術家だけが表現できて、みたいな話になったりするわけですよ。あと、その何だろう美しいものだけを表現するのが芸術家なのかと。
うん。
普通こういう議論もあるわけですね。
マルセルデュシャンとか、デュシャンとかね、あれ何がその芸術史的に評価されてるかっていったらまさに芸術の形式を問うたわけですよね。
うん。
芸術って基本的にさっきも言ったのは芸術様式とか形式をを作り出すような運動でもあるわけですけど、あのただただ、何かこう、便器にサインしただけでアート作品とみなされるとかうん。
あれはまさに芸術という形式自体をちょっと疑ったというふうに言われるわけですね。
ジョンケージのうん4本33秒とかも、音楽とは何かとか、芸術とは何かみたいな、うん。
ものを問うたという点で評価されてるっていう感じですね。やっぱ甲本ヒロトですよ、ドブネズミみたいに美しくなりたいそういうねドブネズミっていうやつですけどはい。
ドブネズミみたいに美しいと。
本来美しくないじゃないすか。ドブネズミといえばね。それに美を見出すっていうっていうものもやっぱりありますよね。
はい。
そういう何か美をつかさどるだけがアーティストなのか、芸術なのかっていう話も一方であるし、うん。
だから、やっぱりこの三つが組み合わさってるっていうのが一般的な観念で私達も多分今そうそういうふうに捉えてるけども、ここがやっぱりどうなのだって問うのがもう一方の流れなんです。反美学と言ってもいいかもしれないですよ。現代アートとかそういう風潮の現代現代アートも現代アートってのもはや、もうは何だろう。わかんないっていうか、うんいろんな形式が入り乱れてっていうので、はい。
そういうのもありますし、美をつかさどるだけなのかっていう話もあるし。
うん。
うん。
本当に感性でしか捉えられないのか。あるいは主観でしか捉えられないのかっていう話もあったりするわけですよね。
うん。
美学の中には、のでやっぱりその三つを組み合わせとその三つをこれは別なんじゃないかって問う二つの動きが美学の中にはあるというふうに考えることができるわけです。
うん。ということで今後はですねあの、あの美学のあの美学のお話もですね。何回かに分けて、していくことになると思うんですけども、そういう意味ではそもそも美って、その美とか芸術とかの関係もう1回そのもっと具体的に話すっていう回もありますし、何かこの美、そのまさに芸術家っていうものが誕生してきたことのお話も詳しくすることがありますし、あとセンスがいいとかどういうことなのみたいな。なんかそういう話もしていきたいなとかね、あの人センスいいよねっていうとき。センスを磨くとか、そうそうそうっていう話もしたいしようかなと思うし、あと批評とかね。批評家の役割って何だちょっとさっきも話に出ましたけど、うん、じゃうまく表現できる人は批評家。映画とかもそうですよね。
音楽とか、何か今で言うと、解説者っぽい感じの立ち位置とかに今なってますけど、そういう批評家の話とかですね、あとその美ならざるもの。の歴史みたいな歴史というか美ならざる者の理論みたいなもの、不快とかね、醜いとかね、あるいはそれこそ大衆の娯楽とかね、下世話な下世話なものとかね。
何かそういうものについてもお話していきたいですし。あとはそれこその美しい生き方とか、なんかね人生の美学とかね生の美学みたいな。ものとか、芸術の終わりみたいな話とかもあったりするので芸術の終わりみたいな話とか、最近の美学の流れみたいな話まで、ちょっとお話でき、していけたらいいなと。
いうふうに思うわけであります。大体10何回分ぐらいちょっと美学の話できたらいいなというふうに思っておりますということですね。
そろそろ時間、あの締めの時間に入ってきたんですけども、はい。
何かどうですかね今話してきて、なんかそうみたいな。
美学は、ぼさだみたいなもしあったじゃないですか最初ね、うん。結構なんていうか、芸術家だけのものじゃなくて、やはり有名な人だけのものじゃなくて自分自身でも形成できるものなんだってなると、美学の学びを通して何らかのオレ流みたい理由を形成できればなと。気づくきっかけにでもなればなっていうふうに思いました。
楽しみですなるほど。
うん。
だからスタイルの問題っすよね。スタイルって言ったときにあの人スタイルがいいっていうまさにそのプロポーションを指すときもあるし、うん。なんかあのね空手の型とかもスタイルですよね。
あとなんか何だろう絵の描き方とかも全部スタイルで画風とかね、様式のことを伝えるっていうし、うん体のね、形のこともスタイルっていうしなんかこのスタイルっていうものはやっぱりぽさとか、流派みたいなものと密接に結びついていく概念なのでここは一つ多分キーワードっていうこれからのキーワードですよね。
やっぱりこうねか、だからもう美学ってちょっと何だろう、なんか難しそうっていうか、うんとっつきづらそうみたいなイメージが多分出てきちゃうんで、なんかこう、なんつうの美しさとかかっこよさみたいな何か物と美しさについてあるいはかっこよさについての学問だみたいな感じの方が泣くことれやすいかもしれないですね。
そうっすねうん。
どうでしょうか?

感想


何だろうが、美学っていう、何だろう美しいっていうものを芸術とその感性と美というものに分けてその論理的になんだろう解説するというかそのなんていうのを突き詰めるっていう。本来ならそのなんていう美っていうそのあやふやなものっていうかよくわからないものをその論理っていうもので、なんだろ説明するって
ていうその学問の意の営みがあるっていうのが一つ何か面白いなっていうふうに思いましたね。
ていう美学はですね、感性で捉えるものなんですけど、やっぱりそれをこう論じる上ではやっぱり論理を使わなきゃいけないので結構やっぱりね、難しいっちゃ難しいですよね。
やっぱり感じるものを、書くとある主観ですからね。
はい。
その美は主観的なものなんだっていう議論もまさになされるわけで多分その話とかは今後していくと思うんですけど。とはいえ、なんかこうね、美しいものを見てやっぱどうしても何か話したくなったり、共有したくなったりするものも、こうすることもまた事実は事実じゃないですか。
うん。
だから何がその元になってるのかみたいな話とか、そういうふうな話とかもするので、そういうときにやっぱり論理という、そのツールを使わないといけないんで、美しさについてちゃんと論理的に語るという行為が美学だということも確かに一つ。
なんですよね。結構実は何か、いやこれちょっとちょっと専門的な話になっちゃうかもしんないですけど、はい。
なんだろう、その哲学書とか読むと結構なんかヨーロッパの人って結構美学的、美学的とかよく使ったりするんですよ。
僕もねやっぱりその美学の感覚がわかるまでは、この美学的ってどういうことなんだろうみたいな。
何か思ってたりしたんですけど、最近ようやっとなんか感性についてとか何か感じるものとか、受け取ってしまうものとか、何かそういうことんについて言ってるんじゃないかなとかね思ったりしてるので、なんか美学というとかなり人々わかりづらい枠あれになってしまうんですけどなんかエステというイメージみたいな感じるものみたいなあのことをね。知ってからかなりそういうのも何かなんとなく感覚的に捉えられるようになってきたので、うんぜひあの美学のお話を通じてですね、本で美学的とか出てきたときですね。
何か美しい学問って何なんだろうなみたいな感じにですね、こうならないように、話をしていきたいなというふうに思ったりしておりますと。
はい。
ということですね。4本目なのでですね、今日ちょっとお疲れがこう見えて来てるので、ちょっと今回はこんな感じで、締めさせてもらってですね、美学の話は10回12回分ぐらい、もしかしたらちょっと縮んだり増えたりするかもしんないすけど、そういう枠組みでやっていきたいと思いますので、ぜひぜひ今後も楽しみにということで、今回は終わりたいと思います。
はい。
ということでありがとうございました。

  1. Loohcs高等学院の名物お兄さん。彼の雰囲気は一見おちゃらけている。だが彼の知識はマリアナ海溝よりも深い。詳しくはこちら
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